百八十八 玲那編 「スタート地点」
何だかもう、いろいろはっきりしてしまったなって思った。ある意味では決着が着いてしまった気がする。普通の恋愛って感じじゃない僕たちの関係だけど、その中でも最も落ち着く形に落ち着いたのかなって感じだった。
月曜日の朝、「行ってきます」と沙奈子に声を掛けて僕たちは仕事に向かった。また金曜日まではバラバラになってしまうけど、少しの我慢だ。
僕と絵里奈はバスで、玲那は自転車で、会社へと向かう。さすがに渋滞してるせいもあってか、むしろ玲那の方が先に会社に着いてしまった。すごいなと素直に感心した。
会社では仕事に集中した。これから僕たちの生活を維持していかないといけないんだから、頑張らなきゃいけないと改めて思った。
でも、そうすると僕たちは三人とも仕事してるわけで、収入も三人分ってことになるな。沙奈子の傍にいるためにもし絵里奈が仕事を辞めたり短時間の仕事に変わったりしたとしても、それなりに余裕は出てくるかもしれないな。その場合は児童扶養手当の停止の手続きをしなきゃ。
と思いつつ、また別の考えが浮かんできた。今はまだ具体的には考えてないけど、絵里奈と結婚したら、僕と絵里奈の子供っていうのも、ない話じゃないのかな。そうなってくると、絵里奈はどうするんだろう?。仕事を続けるにしても育児休暇を取るにしても、もしかして辞めるにしても、それぞれの場合を想定しておかなきゃいけないな。だとしたらやっぱり、三人分の収入をそのまま当てには出来ないし、新しい家だって予算とかは無闇に多く見積もれない。やっぱり家賃十万円が限度かな。
昼休み、二人とそんなことについても話をしようとか思ったけど、さすがに社員食堂ではちょっと話しにくかった。また二人が帰ってきてからでいいか。
午後の仕事と残業を終えて家に帰る。沙奈子が迎えてくれてホッとした。机を見ると志緒里の姿がなかったから、絵里奈が迎えに来たんだった分かった。行ったり来たり大変だな。一緒に住めればそんな手間も必要なくなるからな。早くいいのが見付かって欲しい。
そう言えば今週水曜日は祭日だったな。さて、どうしよう。まあ、いつも通りでいいか。
10時前になって一緒に寝る。沙奈子は僕の胸に顔をうずめて、ぴったりとくっついて寝たのだった。
火曜日の朝。二人きりの朝。だけどもうこの状態にも逆に慣れてきた。絵里奈と玲那が帰ってくるまでの辛抱だもんな。いつも通りに淡々と必要なことをこなした。
家に帰ると、明日が休みだから沙奈子はお風呂に入らずに待ってた。何だか久しぶりに一緒にお風呂に入った気がする。絵里奈や玲那と一緒に入るのが当たり前になっても、僕とも一緒に入りたいとまだ思ってくれるんだって少し嬉しかった。
水曜日、二人きりの休日。今日は大希くんたちが来る予定もない。まったりとした一日になった。勤労感謝の日っていうことで、沙奈子からは「お仕事いつもありがとうのキス」をもらった。その気持ちに胸がいっぱいになる感じがした。
午後の勉強の後、彼女と一緒に部屋に寝転んでたらいつの間にか眠ってしまってて、夜、珍しく沙奈子がすぐに寝付けなかった。そしたら彼女が僕の頬にキスをして、
「お父さん、オニね」
って言ってきたから、じゃあってことで沙奈子の額にキスをして、
「これで沙奈子がオニだ」
と返したらまたキスをしてきて、
「お父さん、オニ~」
だって。それから何となくキスの応酬になってしまって、沙奈子は僕の頬に、僕は沙奈子の額に、何度も何度もキスをした。彼女はきゃあきゃあとはしゃいでた。二人きりなのがちょっと寂しくて、そうやってふざけて紛らわそうとしてたのかなって思ってしまった。
木曜日。
「明日、お母さんとお姉ちゃん、帰ってくるね」
僕がそう言ったら、沙奈子が嬉しそうに頷いた。会社に行くと、昼休みに、絵里奈と玲那も「明日帰れる」と嬉しそうだった。
金曜日、いよいよまた二人が帰ってくる。そう思うと僕も沙奈子も自然と顔がほころんでしまってた。そんな感じのままで仕事に行くと、やっぱり昼休みに二人も「やっと帰れる~」とニヤニヤしてた。しかも玲那は、
「この前の水曜日に私の部屋でオフ会やって、そこで希望者にグッズの譲渡会やったんだ。みんな大事にしてくれる人のところに引き取ってもらえて安心した。それから、みんなからも『末永く爆発しろ!!』って祝福してもらっちゃった。部屋もずいぶん片付いたよ。これでもういつでも引っ越しできるよ」
『末永く爆発しろ』だって。今はそんな風に言うらしいな。よく分からないけど。ただ、玲那がすごく嬉しそうに言ってたから、ちゃんと祝福してくれたんだろうなって思った。
午後の仕事と残業を終えて、今日は8時過ぎに家に帰れた。これまでのパターンから言ってまた誰かが裸なんだろうなと思って覚悟して開けたら、今回はみんなちゃんと服を着てて、軽く拍子抜けしてしまった。ああダメだ、僕もすっかり毒されてる。と、内心凹んだりした。
だけどこの時、それ以上にちょっと気になることがあった。沙奈子や玲那に「おかえりなさい」って言ってもらったのは普通に嬉しいだけだったのに、絵里奈が微笑みながら「おかえりなさい」って言ってくれたのを見た時に、少し顔が熱くなるみたいな感じがしたのは、何だったんだろう?。
でもまあその後は別にいつも通りだったから、気のせいかもしれないけど。
こうして四人が揃って週末を迎えられる。それがすごく嬉しかった。これが当たり前みたいになるなんて、本当に不思議だってまた思ってしまった。しかもその中心にいるのは、やっぱり沙奈子なんだ。この子を中心にして、僕たちは家族になった。この子が失ったものを取り返したら、家族ができてたんだ。
良かった。本当に良かった…。
けれど、これは単に、マイナスだったものがゼロに戻っただけっていう気もする。最初からこういうのを持ってる人だってこの世にはいるんだ。それを思ったら、ここからがスタートのはずなんだよな。
そうだ。僕たちはようやくスタート地点に立っただけなんだ。ここからもっと積み重ねていかないといけないんだ。いい時ばかりじゃないかもしれない。辛いことだって起こるかもしれない。だけどそういうのをみんなで乗り越えていかないといけない気がする。僕たち四人でなら、それができる気がする。
そんなことを考えながらお風呂に入って、お風呂の後は沙奈子を膝に寛いで、沙奈子が眠くなったらみんなで寝て。それが当たり前の週末が過ぎて行った。
土曜日も、日曜日も、僕たちはこんな毎日が続くように四人で頑張っていこうと思った。
ただ、世間っていうのは、社会っていうのは、必ずしも『気持ち』だけでは通用しない部分がある。僕もそれは分かってるはずだった。知ってるはずだった。なのに僕は、幸せ過ぎてうっかりしてたみたいだった。




