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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百八十三 玲那編 「3代目黒龍号」

たぶんこの時、僕と絵里奈は、それぞれ自分がどういう気持ちでキスをしてしまったのかというのを確かめようとしたんだと思う。それで分かってしまった。この時の僕たちのそれって、それまでの頬や額にしてたのと同じ意味なんだってことに。だから二回目のキスの後、絵里奈もフッと微笑んだだけだった。感情とかが高ぶったとかいうのじゃなくて、ただ本当に挨拶としてそうしたんだって分かってしまった気がした。


でもそれは、沙奈子や玲那に対してするのとは違ってたのも確かだった。完全に、夫婦としての挨拶だと思った。父親と母親っていう役割を演じてるうちに、お互いにそうするのが当たり前っていう気分になってしまってたのかもしれない。


だからって、後ろめたいとかキスしてしまってマズかったとかいうのは感じなかった。絵里奈も怒ったり戸惑ったりしてる様子がなかった。ただ、


「しばらくは内緒にしましょうね」


と、くすぐったそうに微笑みながら囁くように言ってきた。僕たちはここに至ってもなお、異性という形で相手を意識してないってことも分かった気がした。なんと言うか、この家庭でのお互いの役割に添って、夫婦だったらこういう挨拶もするよなって気分になってしまったんだと感じた。だけどそれは決して悪い気はしない。むしろその自然さが気持ちよかった。ただただ仲のいい夫婦として振る舞えることが嬉しいとさえ思えた。


玲那と沙奈子が起きてきてみんなで朝食にした。気温は下がってきてるけど、なんだか温かい朝だった。みんながニコニコしてる。それだけで胸がいっぱいになりそうだった。


朝食の後はやっぱり掃除と洗濯だ。それが終わると沙奈子の勉強で、さらにそれが終わると四人で買い物に行くことになった。また僕の自転車を台車代わりに使うということで持っていこうとしたら、見知らぬスポーツタイプの黒っぽい自転車とチェーンロックで繋がれていた。一瞬『あれ?』と思ったけど、すぐにピンときた。そんな僕に玲那が声を掛けてくる。


「ごめん、お父さん。私の自転車を繋がせてもらってた」


ああ、やっぱり。


「こうしてたらお父さんとこの自転車だって分かってもらえると思ったし、盗難防止にもなるしね」


なるほど盗難防止ということなんだろう。ご丁寧に前輪と後輪、両方にチェーンが巻かれてた。


「別にそんなに高い自転車じゃないけど悪戯半分で盗む奴がいるみたいなんだよね。これ、3代目なんだ。3代目黒龍号」


…は…?。3代目…なんだって?。


「黒龍号。昔好きだったアニメのキャラクターが使役してたモンスターの名前が黒龍で、そこから付けたんだ」


…はあ、そうですか…。


僕にはよく分からない話だけど、玲那が楽しんでるなら口出しすることじゃないよな。ただその時…。


「黒龍って、罪深き人間を滅殺するためだけに生み出されたんだよ。黒龍の主人マスターは生まれてからずっと人間に虐げられてきて、人間に復讐する為に、人間を滅殺する為に生み出された黒龍と、自分の血の半分を与えて契約するんだ。そして与えた血の代わりに黒い炎って呼ばれる黒龍の体液をもらって、主人マスター自身も復讐の為だけに生きる不死の怪物になるんだよ。自分で覚えてる中では初恋の人かな。それまでに好きだったアニメのこととかは…忘れちゃった……」


3代目黒龍号って名付けた自分の自転車を見詰めながら静かにそう語る玲那の顔は、普段の明るい彼女とは違ってた。ちょっと聞いただけでもかなり重苦しい話みたいなアニメのキャラクターを初恋の人と呼んで、なのに険しい顔をして…。だから僕は、ほとんど無意識に玲那のことを抱き締めていた。抱き締めながら背中をポンポンと軽く叩いてた。


僕には、この時の玲奈の話は、ただアニメのことを説明してるだけとは思えなかった。アニメの内容になぞらえて苦しかった頃の自分の気持ちを吐露したんじゃないかって思えた。そう思えたから、つい抱き締めてしまったんだ。


「そうか…、辛かったよな…」


僕がそう言うと、玲那がしがみつくみたいにして抱き付いてきた。胸に顔をうずめて、震えてた。「…う、…うぅ…、うぐぅ…」って感じで何かを必死に噛み殺そうとしてた。地面にぽたぽたと水滴が落ちる気配がした。


ふと見ると、沙奈子と絵里奈が僕たちを見てた。沙奈子はすごく不安そうな目で、絵里奈は沙奈子の肩を抱きながら目に涙を溜めて。


でもしばらくそうしてると玲那も落ち着いたみたいで、自分から顔を上げて涙を拭いながら笑った。


「ごめん、ちょっと入り込んじゃった。びっくりさせちゃったね。いやあ、年取ると涙もろくなってダメですなあ」


照れ臭そうに頭を掻きながら冗談めかしてそう言う玲那は、僕にはやっぱりすごく幼く見えた。それが本当の玲那なんだって気がした。活発で押しが強くてっていう普段の姿は、この子が社会で生きていくために身に着けた仮面なのかもしれない。それももちろん今ではこの子の一部分なんだろうけどね。


その仮面の部分も、仮面で隠した部分も、間違いなく玲那なんだ。僕がどっちも受け止めようとしてるから、少しずつだけど見せようとしてくれてるのかもしれない。


普段の様子に戻ったのを見て沙奈子がホッとした顔をしてた。絵里奈も安心した感じだった。それから気を取り直して僕たちは買い物に行った。


またスーパーの喫茶店で昼食にした。三人はオムライス。僕は今日はナポリタンにした。それから買い物をする。夕食は麻婆豆腐にするつもりらしい。さすがにこれまでのことを踏まえて沙奈子に確認したら、明日も大希ひろきくんたちが来るらしいのが分かって、ホットケーキミックスと卵と牛乳も買った。ミネラルウォーターも箱で買っておく。やっぱり荷物が多くなったから自転車を持ってきておいてよかった。


荷物が満載になった自転車を押して、みんなで歩く。僕と玲那の前を手をつないで歩く沙奈子と絵里奈の姿が、僕にはちゃんと娘とお母さんに見えた。他人からはそうは見えなくても、僕には見えた。


アパートに着くとまた玲那の3代目黒龍号と僕の自転車をチェーンロックで繋いでおいた。部屋に戻って荷物を整理する。僕と沙奈子だけだった時には十分な大きさだった冷蔵庫がなかなか大変なことになってた。これは四人で住むようになったら冷蔵庫も買い直しかな。ただ絵里奈の冷蔵庫は一人暮らしには大袈裟なくらいのサイズだったらしいから、当面はそれを使うことになるかもしれない。


すると玲那が、


「一緒に住む時に邪魔になったら困るから、部屋を片付け始めてんだ。オタは卒業できそうにないけど、思い切ってグッズの整理も始めてる。布教の宣材として配ったりとかね」


って、僕にはちょっと理解できない言葉を使いつつもニコニコしてたのだった。


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