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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百八十 玲那編 「生活習慣」

僕たちの状況が変わったのと同じと言っていいかどうかは分からないけど、英田あいださんの様子も明らかに変わってきてる気がした。ただそれは、悲しみに慣れたとか辛くなくなったとかいうんじゃないとも思う。お子さんがいない日常に、嫌でも適応していってるって感じなのかもしれない。


それはある意味では逆に辛いことだっていう気もする。どんなに大切な人でも、傍にいなければそれはいつしか過去のものになってしまうっていうことでもあるだろうから。だけど同時に、それが生きるってことなんだっていう風にも思った。


これから英田さんがどう生きていくのか、僕には分からない。英田さんの人生と僕の人生がこれ以上交わることはないと思う。明確な根拠はないけどそんな気がする。でも、僕には何もできなくても、英田さんがまた幸せを感じられるようになってくれたらと思うのも、偽らざる気持ちだった。


本当に、人生ってままならないよな。けれどだからこそ、力を合わせて生きていこうって思えるんだって感じもする。


昼休みに玲那と絵里奈の姿を見かけると、余計にそう思えた。沙奈子と同じく、僕が力を合わせて生きていく人たちだ。ほとんど他人に興味を持とうとしない人間ばかりでも、一応は会社の社員食堂だからお互いのことは名字で呼んだ。その切り替えにも慣れてきた気がする。それでも二人と一緒にいる時間は楽しかった。最初の頃、正直言って鬱陶しいなんて思ってたのが嘘のようだ。


午後の仕事と残業を終えて家に帰ると、沙奈子がいつものように迎えてくれた。また二人だけの生活が金曜日まで続くんだなと実感した。今日は少し遅くなってしまったから服作りの方は時間がなかった。お風呂に入った僕が髪を乾かす間、沙奈子は要らなくなったプリントの裏に絵を描いていた。ドレスっぽい服の絵だった。デザインを考えているのかなと思った。


ふと机の上に目をやると、志緒里の姿がなかった、絵里奈が迎えに来たんだって分かった。


髪が乾いたらすぐに寝る用意をした。二人で横になって、僕は沙奈子に話しかけた。


「今日は、学校どうだった?」


すると彼女はにっこりと笑って「楽しかった」って応えた。その時の表情が、今までよりも柔らかいものになってると感じた。玲那と絵里奈がこの表情を取り戻してくれたんだって思えた。二人にありがとうって言う代わりに、沙奈子の体を抱き締めた。彼女は嬉しそうに僕の胸に顔をうずめた。


絵里奈みたいにおっぱいはあげられないけど、沙奈子にとって僕には僕の良さがあるのかもしれない。胸にうずめた顔をこすりつけるみたいに小さく振った。


「お父さんの匂いがする」


そんなことを言いながらさらに顔を僕の胸に押し付けてきた。前にもそんなこと言われたっけ。嫌な臭いだったら顔を押し付けたりしないよな。僕も沙奈子の頭に鼻を近付けた。玲那や絵里奈とは違う、どこかミルクみたいな感じの匂いがする気がした。


その匂いを感じながら、いつしか僕は眠ってしまってたのだった。




翌朝。火曜日。二人きりの朝にも、また少し慣れてきたかもしれない。玲那と絵里奈がいる時みたいな、静かにしてても何故か賑やかな感じのする雰囲気とは違う、ゆったりとした穏やかな時間だった。うん、これも決して悪くないよな。と言うか、以前はこの感じをとにかく保とうとしてたんだった。それなのに今じゃちょっと物足りないとかなんて思ってしまう。人間って本当に身勝手なものだよな。


沙奈子に見送られ会社に行って仕事をして、昼休みに玲那と絵里奈に会ってまた仕事して、家に帰る。決まりきったそれを繰り返したら、また、四人の時間が戻ってくる。そう思えば、我慢も出来そうだ。


水曜日も木曜日も、同じように淡々と時間を過ごした。そして金曜日、社員食堂には笑顔の二人がいた。


「は~、長かったです~、今日やっと帰れます~」


玲那がしみじみとそう言った。本当に出張にでも行ってようやく家に帰れるみたいな感じの言い方だった。そしてそれは絵里奈も同じだった。


「本当。何だかもう、自分の部屋のはずなのにホテルで泊まってるみたいな寛げない感じがしてました。志緒里も退屈そうで可哀想だったな」


そこで人形の話が出てくるあたりが絵里奈らしいと言えばらしいのか。


沙奈子が待つあの部屋に帰れるということで上機嫌の二人と別れて昼からの仕事と残業を終わらせて、僕は家に帰った。今日はもう9時を回ってるからさすがに三人ともお風呂には入っただろう。そう思って開けたら、今度は玲那が裸で立っていた。


「あ、おかえりなさい。お父さん」


当たり前みたいにそう言ったけど、いやいや、何ですぐに服着ないんだよ!?。


「いや~、自分の部屋だと基本マッパなんで、つい。えへへ」


えへへ、じゃないよ。沙奈子が真似したら困るだろ!、もう!。と大声は出さなかったけど、態度や表情には出てたらしい。


「沙奈子ちゃんはこんな格好しないもんね~?」


と、服を着ながら玲那が沙奈子に話しかけてた。沙奈子も「うん、しない」と平然と応えてた。


何だ?、このやり取り。ああでも、ふと思った。玲那は自分が女性であることに抵抗があったんだったな。だから女性らしさとかいうことには拘らないってことかも知れない。さっきの姿も、セクシーとか色っぽいとかそういうのとはかけ離れた、単にだらしないって感じの姿だったし。とは言え、男の僕でも裸では…、って、そうだ。沙奈子が来るまでは、全裸とまでは言わなくてもパンツ一丁とかはいつものことだった。沙奈子がいるから遠慮してなるべく服を着るようにしてたんだった。僕もあまり人のことは言えないのか。


それに僕は元々、男らしさとか女性らしさとか、そういうのは嫌いだったんだよな。そんな風に思いながら部屋で裸でいることにあれこれ言うとか、何という二枚舌。自分が情けなくなる。いや、でも、だからって全裸はどうかと…。僕もまだ慣れてないし…。だからそうじゃなくて!、ああもう。


そうか、他人と一緒にいるということは、この辺りの生活習慣とか普段の癖とか、そういうのがぶつかり合うこともあるんだよな。自分が勝手にこの人はこういう人っていうイメージで見てて、それとかけ離れた姿が見えたりしたら勝手にショックを受けるっていうのがあるから他人と一緒にいるのは嫌だったっていうのもあったんだった。


そうだよ。そうだった。自分は他人に勝手なイメージで見られるのは嫌だって言ってるのに、他人のことは勝手なイメージで見てるなんてのも、自分勝手の極みだよな。ごめん、玲那。


ここはもう、玲那にとっても自分の家なんだ。自分の家でリラックスできないなんて辛いよな。僕だって別に玲那が裸でいることが辛いわけじゃない。慣れたらたぶん気にもならないと思う。沙奈子と一緒にお風呂に入るのも平気になったんだし、それと同じかもしれない。ただやっぱり、新しく借りる家は、個室とまでは言わなくても、ある程度はプライベートを分けられるようにした方がいいのかなと改めて思ったのだった。


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