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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百七十四 玲那編 「学び」

僕もお風呂に入って、後は寛ぐだけだった。沙奈子はやっぱり僕の膝に座って、ジグソーパズルの続きをしてた。それを玲那と絵里奈が見守ってる。みるみるジグソーパズルが出来上がっていく。やっぱりすごいなと思わされた。


それが完成した時には、もう11時近かった。さすがに沙奈子も眠そうだった。布団を敷いて、みんなで横になる。すると絵里奈が当たり前みたいに沙奈子に聞いた。


「沙奈子ちゃん、お母さんのおっぱい、いる?」


これには僕も少し驚いてしまった。まさかまだ僕が起きてる間にそんなことをするとは思ってなかった。この時、沙奈子が驚いた感じじゃなかったのは、この子自身がもう、夢の中のことじゃなかったって気付いてるんだって分かった気がした。寝ぼけながらでも、たぶん、自分でも分かってたんだろうな。


「うん」って小さく頷いたのを見て玲那が、


「いいな~、絵里奈。私も沙奈子ちゃんにおっぱいあげるのやりたかったな~」


なんて言いだした。先週の時は確かに玲那は寝てて気付いてなかった筈だ。ということは、絵里奈から聞かされたんだろうなって思った。だけど、玲那は沙奈子のお姉さんっていう立場の筈なのに、おっぱいをあげたいっていう気持ちもあったんだな。結果として沙奈子のお姉さんで僕の娘っていうポジションに収まったけど、本当は沙奈子のお母さんになりたいっていう願望もあったんだって感じた。そういうところは女の人だってことなのかもしれない。


ただやっぱり、玲那にはお母さんっていうよりも、お姉ちゃんっていうのがハマる気はする。少なくとも今はね。


僕がそんなことを考えてる間に、絵里奈は自然な感じでスウェットの上をたくし上げて胸を出していた。それを沙奈子が口に含む。それはもう、完全にお母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげてる姿だった。僕が元々そういうのを感じないからっていうのもあるとしても、性的な印象は全く無かった。ただただ優しい光景だなって僕は思った。


そうしてると、沙奈子はすぐに眠ってしまってた。でもその後も、時々思い出したみたいに口を動かしてるのが分かった。寝たままで、おっぱいを飲もうとしてる感じだった。そんな沙奈子を見てる絵里奈の顔も、間違いなくお母さんのそれだったと思う。


「あ~あ、やっぱりこういうのは絵里奈には勝てないなあ…」


玲那が溜息を吐く感じでそう言った。すると絵里奈もそれに返した。


「だって、玲那って子供っぽいから」


そう言った時の絵里奈の顔も、完全にお母さんのそれって思えた。


「どうせ私は子供っぽいですよ~だ」


囁くような小さな声だったけど、玲那はちょっと拗ねた感じでそう言った。だから僕も言ったんだ。


「玲那も、いつかは絵里奈みたいになれると思うよ」


そんな僕の言葉を聞いた玲那は、


「本当?、本当にそう思う?」


って聞き返してきた。でもその様子がまた子供っぽくて、時間はかかりそうかなって思ってしまった。だけどそれでも、いつかはって思えた。


「うん、思うよ」


と言った僕に、玲那は照れたみたいに「えへへ」って笑いかけてくれてた。そんなやり取りをしながら、僕たちはいつの間にか眠ってしまっていたのだった。




土曜日の朝。またいい匂いがして目が覚めた。絵里奈が朝食の用意をしてくれてた。起き上がる時、少し「んん~っ」って伸びをしてみた。そしたら絵里奈がこっちを振り向いた。目が合って、体を起こしながら声には出さずに「おはよう」って口の形をした。絵里奈も声に出さずに「おはよう」って返してくれた。


僕も起きて、朝食の用意を手伝った。両親と一緒にいた頃には家の手伝いなんてしようとも思わなかったのに、絵里奈がやってくれてるのを見たら手伝いたいって自然に思えた。この違いは何だろう?。仕方なくついででやってるのと、僕たちのためって思ってやってくれてるのがすごく伝わってくるっていう差なのかな。


「ごめんなさい、手伝ってもらって」


絵里奈にそう言われたけど、全然、ごめんなさいって言われるような言われることじゃないし、逆に僕の方がそう言わなきゃいけないって思える。これも、相手が絵里奈だからなんだろうな。


上手くいかない家族って、結局は単純にお互いを大切に思えてないっていうのが一番だって気がしてしまった。もちろん、どうすれば大切にすることになるのか分からないから上手くできない場合もあるんだろうけど、それって、『やり方が分からない』っていうのがまずおかしい気がする。どういう風に人と接するのがその人を大切にすることになるのかって、それを教えてもらえてないから分からないんじゃないのかな。


僕も、そういうことを両親に教わった覚えはない。だけど、沙奈子と一緒に暮らし始めてから、僕がどういう風にしたら沙奈子がどんな反応をするかっていうのを実際に見ることで、何となく学べた気がする。沙奈子が教えてくれた気がする。そうだよな。やっぱり、誰かに教えてもらわないとそういうのって分からないんじゃないかな。教えてもらわなくても分かる人もいるかも知れないけど、それはきっと皆がみんなそうじゃないって思う。それどころか、教えてもらわなくても分かる人なんて、実は滅多にいないんじゃないかな。


そういう、例外的な人を基準にして、教えられなくても分かるはずだって考えるのは危険だって思った。そういうことを言うから、本当は分かってないのに分かったふりをさせてしまうんだって気がした。


そうだよ。教えてもらわなくても分かるんだった、親なんて要らないだろ。動物を養殖するみたいに係りの人だけいて、子供の世話してれば立派な人間に育つはずだよな。教えてもらわなくても分かるんだったら。


だけど僕はそうは思わない。沙奈子と一緒に暮らしてみて実感した。人間って、教わらないと分からないんだって。だから子供に、他人に優しくできる人間に育ってもらいたいと思うんだったら、どうするのが優しくすることになるのか、親が子供に実際にやってみせて身に着けてもらわないといけないんだって、今なら分かる。


親に優しくしてもらえなかった子供は、どうするのが他人に優しくすることになるのかが分からないんじゃないかな。それで僕も分からなかった。どうすればいいのかが分からないから場当たり的で見当違いなやり方をして他人を不快にさせて嫌われて、それが嫌だから関わらないようにしてきたんだ。


僕の場合はたまたま沙奈子を預けられてしまったから、どうしようもなくて手探りで何とかするしかなくて、それがたまたま上手くいっただけで、もう完全にまぐれ当たりっていう感じだったと思う。もしこれが失敗していたら、僕たちは、ニュースとしてテレビとかに出るような悲惨な結末を迎えてたって何も不思議じゃなかったんじゃないかな。


そうならなかったのも沙奈子のおかげっていう気がして仕方ないと、僕は感じていたのだった。


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