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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百七十二 玲那編 「二人きり」

家を出る時、沙奈子は僕たち三人にいってらっしゃいのキスをしてくれた。だから僕たちも、お返しのキスをした。嬉しそうな顔で見送ってくれる沙奈子に手を振り、僕たちは仕事に向かったのだった。


玲那は混雑したバスに大変そうだったけど、絵里奈は逆に慣れているからか普通にしていた。絵里奈もバス通勤だということだった。会社に着くと玲那は、


「やっぱり私は自転車通勤の方がいいかな~」


とか言っていた。すると絵里奈が、


「私の部屋に来る時もいっつも自転車に乗ってきて、それで通勤してたもんね」


なんてサラッと言った。僕も最初はふ~んと思ってただけだったけど、二人と別れて設計部のオフィスに入ってから、あれ?、ということは、結構ちょくちょく絵里奈の部屋に泊ってそこから出勤してたりしたんだと気が付いてしまった。しかも絵里奈の部屋から出勤するのに一緒にバスに乗るんじゃなくて、玲那は自転車、絵里奈はバスって別々に通ってるっていうのが、それこそ当たり前みたいにそうしてるんだっていう気もした。そうじゃなかったら、今日みたいに一緒にバスで通ったりするよなって。


そういうのを当たり前に出来る関係なんだなっていうのを改めて感じた。


午前の仕事を終えて社員食堂に行くと、いつものように二人が待ってた。


「今回はお世話になりました」


玲那がまずそう切り出して、絵里奈と一緒に頭を下げた。言ったのは玲那だけど、そう言うようにアドバイスしたのは絵里奈かなって思った。何となくそういうのが分かった気がする。


「ううん。僕の方こそ。おかげで沙奈子もすごく充実してたみたいだし、二人のおかげだよ」


本心だった。ただ、充実してたのは沙奈子だけじゃなかったけどね。僕自身も、二人のおかげで充実した週末だったと思う。こんなの、今までの僕じゃ考えられなかった。


それと、絵里奈にはもう一つ感謝しなきゃいけないと感じてる。絵里奈が沙奈子のお母さんになってくれたことで、彼女が本当に見違えるみたいに明るく活発になった。他人から見ればあれでも大人しいかもしれなくても、以前のあの子を知る僕から見たら、本当に別人みたいだ。


「沙奈子ちゃんに喜んでもらえたのなら、私たちも嬉しいです」


絵里奈がそう言うと、玲那も大きく頷いた。


また今度の金曜日、二人が帰って来るのを僕と沙奈子は心待ちにするだろうなって思った。


午後からの仕事も順調にこなして、残業も割と早く終わらせられた。8時には会社を出て、家に帰った。


「ただいま」と玄関を開けると、「おかえりなさい」って沙奈子が迎えてくれた。それは確かに嬉しいのに、どこか物足りない気がしてしまうのは、幸せに慣れてしまったからだろうか。見ると、机の上にいた絵里奈の人形の志緒里の姿がなかった。絵里奈が迎えに来たんだった分かった。


「お母さん、志緒里を迎えに来たんだね」


僕がそう言うと、沙奈子が黙って頷いた。悲しそうとまでは言わないけど、寂しそうな表情にも見えた。二人きりになったんだなって実感できてしまった。あれほどゆったりしてて落ち着いてると感じてた筈の沙奈子との二人きりの時間が、今ではちょっと静かすぎる気もしてしまう。


僕はふと気が付いた。この感じ、沙奈子が臨海学校でいなかった時の感じに似てるんだ。玲那と絵里奈が傍にいるのが、もう当たり前になってきてるんだ。すごいな、あの二人は。


それでも沙奈子は、僕がお風呂から上がって膝に座らせると、莉奈の服作りの続きを始めてた。今度のはまた、果奈の時と同じようにミニドレスっていうのを作ってるんだと分かった。だけど果奈のそれに比べるとやらなきゃいけないことがずっと多いみたいだった。なのに彼女はそれを根気強くこなしていく。


嫌だとか面倒臭いとか思わずにそういうことが出来るというのも、もしかしたら才能なのかもしれないと改めて思った。僕ならきっとここまでできない。と言うか、まずやろうと思わない。本当にすごいことだ。


結局、今日も完成には至らなかったけど、沙奈子はふてくされるような様子は全く見せずに、大事そうにその作りかけの服を机の上に置いた。そこには、昨日、水族館で買ったイルカとオオサンショウウオのぬいぐるみが並んでた。特にオオサンショウウオのぬいぐるみの存在感はなかなかのものだった。圧力さえ感じる気がする。ぬぼーっとした感じの顔なのに、何かを秘めてる気もする。まあ、気がするだけだとは思うけどさ。


一組だけ布団を敷いて、その隣に莉奈と果奈の布団も敷いた。今日は沙奈子が莉奈と果奈のお母さん役なんだな。寝かしつけるような仕草をして、それから僕の方にくっついてきた。金土日と絵里奈の胸に顔をうずめて寝てたから、何だか久しぶりにも思える。この感じでおやすみなさいのキスをするのも、お返しのキスをもらうのも、久しぶりだな。


そして僕と沙奈子は、これまで以上にぴったりとくっついて寝たのだった。




火曜日の朝。二人きりの朝。少し寂しい気はしてるけど、寂しがってばかりもいられない。それに金曜日までの辛抱だ。以前はずっとこうしてたんだ。それでもやってこれたんだもんな。今まで通りにしてれば大丈夫なはずだ。


トーストを食べて朝の用意をして、沙奈子にいってらっしゃいのキスをもらってお返しのキスをして、僕は会社に向かった。


会社でもいつも通りを意識して淡々と仕事をこなして、でも社員食堂で二人に会うと、何だかホッとしてしまった。


「沙奈子ちゃん、元気ですか?」


昨日別れたばかりだっていうのに、絵里奈がそんなことを聞いてきた。心配してるの半分、自分が寂しくて気になってるのが半分って感じかなと思った。


「大丈夫。元気だよ」


僕がそう言うと、二人とも安心したような顔になった。続けて絵里奈が、


「昨日、志緒里を迎えに行った時も、沙奈子ちゃん、『おかえりなさい』って言ってくれたんです」


って。


「沙奈子ちゃん、拗ねたりぐずったりしなくて、しっかりしてました。私が出る時も、『いってらっしゃい』って言ってくれて…」


するとまた、絵里奈の目が潤んでた。ホントに泣き上戸だなあ。


だけど沙奈子がしっかりしてたって言うのなら、それはきっと、絵里奈のことを信じられてるからだと思う。絵里奈がちゃんと帰ってきてくれるのを信じられるから、そういう風にできるんじゃないかな。沙奈子がしっかりしてるって言うより、絵里奈がしっかり沙奈子に信じてもらえるようにしてくれてるからっていうのがあるんじゃないかって気がする。


子供がしっかりできるのは、しっかりできるだけの気持ちの余裕があるからじゃないのかって、沙奈子のことを見てきて思うようになった。子供自身に余裕があれば、それはしっかりしてるように見えるんじゃないかな。


沙奈子がそれを教えてくれたように、僕は感じてたのだった。


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