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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百六十三 沙奈子編 「覚悟」

翌日の金曜日。今日の夜には玲那れいな絵里奈えりなが帰ってくるからか、沙奈子も少し明るい表情をしてる気がした。


「玲那お姉ちゃんと絵里奈お姉ちゃん帰ってくるね」


と僕が言うと、「うん!」と大きく頷いた。そんな沙奈子の様子を見るのは嬉しい一方で、ふと思った。絵里奈も来るのはいいけど、いつまで泊まるつもりなんだろう。玲那は割ともう自分の家に帰らなくても平気みたいなこと言いだしそうな気はするにしても、絵里奈は違う気がする。それに玲那と違ってお風呂とか着替えとかだって気になるだろう。その辺りもどうするつもりなのかな。ある程度の話は、今日の昼休みにでもするか。


そんなことを考えながら朝の用意を終えて、「行ってきます」と家を出た。会社に着いて仕事を始めると、今日もまずまずの調子だと思う。問題なく仕事をこなして、昼休みになった。社員食堂に行くと、やっぱり玲那と絵里奈が僕を待っていた。


「いよいよ今日ですね」


今日は絵里奈がまずそう切り出してきた。嬉しそうな顔をしてるところを見ると相当楽しみにしてるんだろうな。だからこそちゃんと確認しないと。


「それで、絵…山田さんはいつまでいることになるのかな?」


ついまた絵里奈と言いかけてそう聞く僕に、


「月曜日の朝まで、いるつもりですよ」


と軽く応えてきた。え?、大丈夫なの?。って感じで逆に僕の方が焦ってしまった。


「でも、人形のこととか大丈夫なのかな?」


そうだ、それがまず気になってたことだ。だけど絵里奈は、


「はい、だから志緒里しおりも一緒にということで」


ニコニコと笑顔で当たり前みたいに言ってきた。そうか、その人形は志緒里って言うのか。じゃなくて!。軽く言ってくれるけど、さらに人形が増えるのか。あの部屋に。まあ、机の上にでもいてもらえば邪魔にはならないけどさ。でも、なんか、ねえ…。


だけど言っても無駄そうだな。絵里奈のことは人形も含めて受け止めるって決めたもんな。だからそれはいいとしよう。ただ、もう一つ、


「じゃあ、人形のことはいいとして、お風呂とか着替えとかはどうする?。あの部屋、見ての通りそういうの全く考えられてないから」


その僕の言葉に、絵里奈の顔がパッと赤くなる。だけど目を逸らしたりはせずに、


「沙奈子ちゃんの家に行くんですから、その辺りはもう分ってます。玲那からも聞いてます。大丈夫です。私が合わせます。覚悟してます」


だって。いや、覚悟ってそんな大げさなことってわけでもないと思うけど。ああでも、そうか、覚悟か、う~ん…、覚悟ねえ…。


ただ、絵里奈の方から行くって言って僕たちのところに入り込んでくるわけだから、こちらの生活習慣に合わせてくれるのは、正直言って助かる。この様子を見る限り、僕が見ないように気を付ければいいか。まさか玲那みたいなこともさすがになさそうだし。


そんな僕と絵里奈の様子を、特に絵里奈の表情を、玲那は黙ったままニヤニヤ笑いながら見てた。反応を楽しんでるって感じだった気がする。それからおもむろに、


「そうそう。私達がお邪魔するんだもん。気を遣わせちゃダメだよね」


何てことをドヤ顔で言ってきた。おいおい、玲那がそれを言うのか?とちょっと思ったりもする。泣きながら僕に縋りついてきたり『ぎゅってして』とか言ってたクセによく言うよ。なんて、僕も頬が緩んできてしまった。なんにせよ、賑やかな週末になりそうだ。近所迷惑にならないように気を付けないといけないな。


それからは他愛ない世間話とかになって、そのまま昼休みは終わった。昼からの仕事も、集中してやった。今日は帰れば沙奈子と玲那と絵里奈が待ってる。人口密度が半端ないことになるけど、楽しそうではある。家に帰るのが楽しみって感じもする。


残業もあまり遅くなりそうじゃなかったから、もう、社員食堂で夕食にせずにそのまま仕事を続けた。すると7時過ぎに終われた。良かった、思ったよりずっと早くに帰れる。それでも焦らずに慌てずに落ち着いて帰る。無事に帰れなきゃ意味がないからね。


バスを降りて歩くと、すぐにアパートが見えてきた。玲那と絵里奈はもう来てるんだろうか。まだ8時にもなってないから、もしかしたら僕の方が先だったかもしれない。そんな風に思いながらいつものように鍵を開けて部屋に入ろうとした…ら?。


「あ…」


と声を漏らして、僕は思わずその場に固まってしまった。そして同じように固まって僕を見てる顔があった。絵里奈だった。絵里奈が裸のままで沙奈子の体を拭いてるところだった。


「ご、ごめん!」


僕はドアを閉めながら。背を向けた。そうだよ。この部屋は玄関を開けたら殆ど全部丸見えなんだ。お風呂から出たところとか鉢合わせになるかも知れないってことくらい知ってたじゃないか。それをいつも通りに何も考えずに玄関を開けるとか、うっかりにもほどがあるだろ。


だけど、そんな僕に絵里奈が言った。


「おかえりなさい、達さん」


その声は、焦ってるとか驚いてるとかっていう感じじゃ全然なかった。まるで当たり前みたいに、挨拶してくれてた。すると沙奈子もそれに続いて、


「おかえりなさい、お父さん」


って言ってくれた。背を向けたまま「ただいま」って言わないといけないのがちょっと申し訳なかった。そしたら絵里奈が、


「大丈夫ですよ、達さん。私は平気です。って言うか、今、すごく平気だっていうのが分かりました。達さんにだったら、思ってたより全然大丈夫でした」


そう言ってくれるのはありがたいけど、だからってここで振り返るのも逆にこっちが気まずいよ。


「分かった。でも、なんかこう、ね。だから服を着るまでこのままでいいよ」


と、僕は背を向けていた。


「ごめんなさい」


絵里奈に謝られて、僕もかえって申し訳ない気分になった。それから少しして、「もう大丈夫ですよ」って言われてようやく振り返ったら、桜色のスウェットを身に着けた絵里奈が困ったような顔をして僕を見てた。沙奈子もいつもの部屋着になってた。


「ちぇ~っ。絵里奈はもっと慌てるかなと思ったのにな~」


とか、部屋の奥から胡坐をかいてこっちを見てた玲那が不満そうに言ってた。すると絵里奈が、


「私ももっと恥ずかしいって感じるかなって思ってた。でも実際に達さんに見られたら、ホントにぜんぜん平気だったのよね。不思議。だけどそれはやっぱり達さんだからかな」


って。それでも少し頬が赤くなってる気はした。お風呂上がりのせいかもしれないけど。そんな僕たちのやり取りを、沙奈子はちょっと不思議そうに見てた。


「ねえ、恥ずかしいって、何が?」


そう訊かれて僕は、「え…、と」って返答に困った。沙奈子にはまだそういうのがピンとこないんだなって改めて感じた。そしたら僕の代わりに絵里奈が答えてくれたのだった。


「よその人に裸を見られたら恥ずかしいけど、私達は家族だから平気って話だよ」


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