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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百五十 沙奈子編 「厳罰」

沙奈子と一緒にホットケーキを作る石生蔵いそくらさんの様子を見守っている星谷ひかりたにさんのことをちらっと見た時、それまでとは少し印象の違う顔をしてる気がした。それまでは何となく強い表情をしてたのが、穏やかな表情で少し微笑んでるみたいにも思えた。それでふと、運動会の時に大希ひろきくんのことを見ていた時の表情も思い出した。


あれは、今のこの姿からも想像付かないくらいに相貌を崩した、本当にデレッデレの顔だったと思う。完全に、大希くんのことが好きで好きでたまらないっていう表情だった。しかも別に他人に対してそういう自分を隠そうともしてなかった気がする。星谷さんにとってはその姿も自分なんだっていうのがあるんだなって思えた。大希くんに紹介してもらった沙奈子を見た時の表情だって、確かにすごく穏やかで柔らかい表情だった。


相手を射通すかのように真っ直ぐに強い視線を向けてくるのも星谷さんの姿なら、大希くんに向けてたようなデレッデレの姿も彼女なんだっていうのも感じた。この彼女なら、確かに、見ず知らずの小学生の女の子の前に立ちはだかって『負けません』くらいのことは言いそうだなっていう気もした。不思議な女の子だって思った。


今だって、崩して座ってる伊藤さんや山田さんと違って、背筋をピンと伸ばした綺麗な正座を保ってる。明らかに見た目は年下なのに、この中の誰よりも大人な雰囲気もある。いったい、どういう風に育てられたらこうなるんだろう?。そんなことも考えてしまってた。


と、僕がそんなことを思案してる間に、ホットケーキをひっくり返すタイミングが来たようだった。さっそく石生蔵さんにやってもらうことにしたらしい。フライ返しでホットケーキを持ち上げてフライパンの淵に添わせるようにして、えいやって感じでひっくり返した。僕たちはそれを固唾を呑んで見守った。ひっくり返す瞬間には、思わず力が入って腰を浮かせてしまった。


沙奈子に初めてひっくり返してもらった時のように少し大げさな感じで体ごと大きく動かしたけど、ひっくり返ったホットケーキは、見事にフライパンの中に収まった。成功だった。


「やった!」


僕が思わず声を出したら、伊藤さんも山田さんも、そして星谷さんまで、同じように「やった!」って声を上げてたのだった。


「やったーっ!」


石生蔵さん自身も嬉しそうに声を上げて、万歳をしてた。そして焼けた面を見て、「おいしそー!」ってまた声を上げた。僕たちは拍手をしていた。沙奈子も嬉しそうに拍手してた。それを見て、石生蔵さんが嬉しそうに、でもどこか恥ずかしそうに笑いながら体をもじもじさせていた。


なんだ。石生蔵さんも沙奈子とやっぱり同じじゃないか。


そんな石生蔵さんの様子を見て僕はそう思った。夏休みの前後、大希くんと仲良くしてることへのヤキモチから沙奈子にきつく当たってたっていう石生蔵さん。最初その話を聞いた時にはどんな意地悪な子かなとも思ってしまったりもしたけど、こうやってホットケーキを上手にひっくりかえせて喜んでる姿は、沙奈子と何も違わない。本当に可愛い子供なんだって思えた。


でも今、そう思えるのは、あの時、沙奈子と石生蔵さんとの関係がこれ以上悪化しないように頑張ってくれた水谷先生や副担任の先生や学年主任の先生、教頭先生や校長先生のおかげなんだとも、素直に思えた。あの時に、ただの子供同士の喧嘩だって放っておいたら今頃どうなっていたかと思うと、背筋が寒くなる気もした。本当に、先生たちの力があったからこそ、今、こうしてられるんだって感じることが出来た。


良かった。本当に良かった。沙奈子はそういうところに来られて、本当に良かったと思う。それはきっと石生蔵さんも同じなんじゃないかな。きちんと自分のやってることが良くないことなんだって熱心に指導してくれる先生がいたから、それ以上、沙奈子を傷付けずに済んで、他人を傷付けるような子にならずに済んだんだっていう気がした。


僕たちはみんなで、本当にみんなで、沙奈子や石生蔵さんを育ててるんだってすごく分かる。僕一人じゃ、絶対こうはなってなかった。こんな風にみんなに囲まれて笑顔で友達と一緒にホットケーキを作れるようなことになってなかった。それがすごく分かってしまった。そしてそれがすごく嬉しかった。


僕の両親や、沙奈子の両親は、どうしてこうなれなかったんだろうって思ってしまう。いったい、どこで間違ってあんな風になってしまったんだろうって思う。別にあの人たちだってそうなりたくてなったわけじゃないはずだよな。でもなぜかそうなってしまったんだ。僕たちとどこが違ったんだろう?。


もしかしたら、本当にちょっとしたボタンの掛け違いだったんだろうか?。一言二言、相手の気持ちを考えるようなことを言うとか、ほんの一時、相手のことを信じてあげるとか、待ってあげるとか、気遣ってあげるとか、どこかのタイミングでそれができてたら全然違ってたのかも知れない。そう考えるとあの人たちも可哀想だったんだなって気がしてしまう。


もちろん、だからってやったことは許せない。特に、沙奈子のことを捨てた僕の兄や、誰だか知らないけどこんな小さな子の体に今も消えないような痣が残るようなことをしたのは許せない。可哀想だからって認めることはできない。でも何かが少し違ってたらそんなことをしてなかったのかも知れないと思うと、それが残念だっていう気もしてしまうんだ。


正直、あまり思い出したくはないけど、僕は兄の姿を思い出してた。そして思った。


お前が捨てた沙奈子は、こんなに笑ってるぞ。こんなに幸せそうだぞ。お前は今、どこで何してるんだ?。お前はこの沙奈子みたいに笑えてるのか?。幸せそうにしてられてるのか?。って。


でも思う。きっとあいつは、こんな風には笑えてない。幸せそうにしてられてない。だってあいつは、それができないから沙奈子を捨てて行ったんだもんな。それができる奴なら、沙奈子を捨てていく必要もなかったんだもんな。


本当、可哀想な奴だよ。バカだ、大バカだ。この沙奈子の姿を見られないとか、救いようのない大バカ野郎だ。


この沙奈子の姿を見ることができない。笑顔を見ることができない。笑いかけてもらうことができない。『大好き』って言ってもらうことができない。それが、あいつに与えられた一番の罰だと思う。子供を苦しめるような親に与えられる、一番の罰だっていう気がする。だって、この沙奈子の姿を見られる僕は、こんなに幸せなんだから。この幸せを感じることができないとか、考えるだけで苦しくなる、とんでもない厳罰だよ。


お前は沙奈子を捨てたことで、そんな恐ろしい罰を受けてるんだ。それを分からせてやれないことが、本当に、本当に、残念で仕方ないよ。この、大バカ兄貴が!。



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