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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百四十三 沙奈子編 「休憩」

午前の沙奈子の出番はこれで終わりの筈だった。午前の競技自体、あと一つで終わりだ。昼食は各自教室に戻って食べるらしい。この辺りは、グラウンドが小さくてシートとかを広げるスペースが確保できないという理由に加え、もしかしたら『飲酒禁止』とかの注意事項も関係してるのかもしれないと感じた。食事をとるとどうしてもビールとかを我慢できない人がいるだろうからね。


あと、それに加えて、もしかすると親が見に来られない子に対する配慮もあるのかもしれないと感じた。僕も山田さんもそうだったし、石生蔵さんも結局ここまで保護者らしい人が現れることがなかった。子供に関心がないとかそういう理由だけじゃなく、どうしても仕事が休めないとか都合がつかないという家庭も今は多いのかもしれない。


でもまあそれはさて置いて、そうこうしてる間に午前の競技はすべて終了した。


「それでは、午後の競技は1時からになります。生徒の皆さんは教室に戻ってお弁当を食べてください。父兄の皆様にもお願いします。グラウンドでの飲食はご遠慮ください」


というアナウンスに僕は、


「ということだから、沙奈子、またあとでね」


と、大希ひろきくんと石生蔵いそくらさんに連れられて教室の方へ移動する沙奈子に向かって声を掛けた。手を振ってくれた彼女の後ろで、石生蔵さんが星谷ひかりたにさんから何かを受け取っていた。ランチバッグに見えたから、たぶんお弁当じゃないかなと思った。まさか、お弁当さえ用意してもらえてないのか…?。


僕と一緒にそれを見ていた山田さんも、


「あの石生蔵さんっていう女の子が受け取ったのって、お弁当みたいでしたね。星谷さんって親戚でもないんでしょう?。そういう人にお弁当を用意してもらってるって…」


そう言いながら少し辛そうな顔をした。すると伊藤さんが、


「まあ、沙奈子ちゃんのお弁当だって結局は絵里奈えりなが作ったものだし、いろいろあるんでしょうね」


って言った。僕もそう思った。「そうだね…」って呟くのが精一杯だった。でも…、そう、それでも、


「でも明日、石生蔵さんが沙奈子と一緒にホットケーキを作るために、うちに来る予定なんですよ。仲良くなってもらえたらきっとそれが支えになるんじゃないかな」


と、僕は努めて明るい感じでそう言った。その僕の言葉に、伊藤さんと山田さんが、え?って顔をして僕を見た。


「え~っ!?」って伊藤さん。


「どうしてそういうこと言ってくれないんですか~!?」って山田さん。


そして二人声を揃えて、


「私たちも参加した~い!」 


だって。だから思わず、


「あ、うん。ごめん。二人には今回の運動会でお世話になるからそれ以上は大変かな~って思って…」


って応えた。本当はまだ確定した話じゃなかったから言わなかっただけなんだけど、二人は不満そうに「そんなことないですよ~」ってまた声を揃えて言ってきた。と、その時、


「山下さん」


と声を掛けられて、僕たちは声の方に振り向いた。そこにいたのは星谷さんだった。僕を真っ直ぐに見詰めて、彼女は言った。


「明日、千早ちはやさんが沙奈子さんと一緒にホットケーキを作るそうですね。ご迷惑をおかけするかも知れませんが、よろしくお願いいたします」


丁寧な言葉と共に深々と頭を下げられて、僕は逆に恐縮してしまった。


「あ、いえ、こちらこそ。上手にできるかどうか不安ですけど、よろしくお願いします」


なんて慌てて頭を下げた。すると星谷さんが、


「明日は私もご一緒させていただきますので、重ねてよろしくお願いいたします」


だって。


え…、ええ~っ!?。


いや待って、それは石生蔵さんの付き添いみたいな形で星谷さんも僕たちの部屋に来るっていうこと!?。いやいや、それは聞いてない。聞いてないよ!。


もしかしたら保護者代わりということかもしれないけど、いくら娘がいるって言ってもほとんど初対面みたいな男の家に高校生の女の子が来るって、それはいくら何でも変じゃないかなあ。


あまりに急な話に軽くパニックになってた僕を尻目に、星谷さんはそれがもう決定事項であるかのように僕の返答も聞かずイチコさんと一緒に歩いて行ってしまったのだった。


「なんか、丁寧そうだけどすごい強引な感じの子ですね」


少し呆気にとられてた感じの伊藤さんがそう言って、続けて山田さんも、


「押しが強いと言うか圧力が違うって言うか…」


と呟く感じで言葉を漏らした。いやもう全くおっしゃる通り。すると伊藤さんが、拳を握り締めて言った。


「これはやっぱり、私たちも参加せねば!」


さらに山田さんも両手を握り締めて、


「そうね!、負けてられない!」


って…。いや待って、僕の、僕の意向は…!?。強引なのは二人も一緒だよ!。とか考えたら、そう言えばもともとこの二人もこんな感じだったと思い出した。海水浴の時だってそうだったもんな。


そんなこんなで正直戸惑ったけど、でもまあ、二人も来るなら沙奈子ももっと喜ぶかな。それで考えたら悪い話じゃないのか。ただ…。


そう、ただ、そうなると明日はあの部屋に六人もの人間が集まるわけで、正直かなり手狭だと思うんだよね。しかもキッチンも狭いし一口コンロだし、子供二人がホットケーキ作るだけならちょうどいい感じかなと思ってたら、どうしてこんな大袈裟な話になるんだ…。


そうだ。人付き合いが増えるとこういうこともそれなりに増えるんだった。そういうのも苦手で、僕は一人でいたんだった。


でも…。うん…。そうだな。悪い気は、しないかな。あの星谷さんって子はまだどんな人かよく分からないけど、石生蔵さんはきっと悪い子じゃないと思うし、伊藤さんと山田さんのことは僕も好きだ。だから決して嫌じゃない。要するに僕がこういうことに慣れてないだけで。


ああそうか。僕だけじゃなくて、沙奈子の人間関係も広がっていけば、これからもこういうことがあるかも知れない。そういうのがある度にいちいちうろたえてたら大変だよな。僕自身も、こういうことに慣れていかないといけない気がしてきた。苦手な人に何人も押しかけられるのはさすがに嫌でも、そうじゃない人でまずは慣らしていけばいいかも知れない。そうだな。そういうことでいこう。納得しよう。


突然決まってしまった話をそうやって自分に言い聞かせながら、僕は伊藤さんと山田さんを連れて昼食のために学校を出た。校門を出てすぐのイタリアンレストランは既に行列が出来てて無理そうだったから、とにかくアパートまで戻って体制を立て直そうと僕は思った。


部屋に帰れば冷凍食品もあるし、コンビニも近い。何より自分の部屋で一息つきたいというのもある。何だかいろいろあり過ぎて、ちょっといっぱいいっぱいになりかけてる。午後の沙奈子の出番、メインイベントと考えてたダンスは四つ目だ。一時を少しくらい回っても間に合うだろう。とにかく落ち着きたいと願ったのだった。


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