百二十四 沙奈子編 「回想」
沙奈子の夕食は宅配のお惣菜があるし、僕は冷凍のパスタをレンジで温めてそれを食べた。それから一緒にお風呂に入る。地震のことを思うと、余計に、いつ壊れたっておかしくない今のこの時間を大切にしたいと思えた。
日が暮れると少し寒くなってきてたから、エアコンで暖房を入れておいた。すごく暖かいとはいかなくても、かなりマシにはなってると思う。
すぐに服を着て、コタツに入る。コタツを点けたらエアコンは切った。さすがに両方はもったいないと思った。でも、沙奈子が一人で留守番してる間は、両方使っても構わないということにしておこうと思う。この子は、なるべく使わないようにみたいな言い方をするとたぶん、寒くても無理に我慢してしまう気がする。それで肺炎にでもなったら大変だ。電気代とかもったいないとかいうのはもう少し大きくなってからでもいいかもしれない。
それに、僕と同じで騒々しいのとか忙しないのとかは苦手な沙奈子はテレビとかはあまり見ないし、ゲームとかにも興味はなさそうだから、必要なのは暖房くらいだと思うし。
それにしても、沙奈子を膝に座らせてのコタツは、弱にしててもすごく暖かい。まだそんなに寒くないからっていうのもあっても、とにかく温かい。こうしてると、少なくとも二人一緒にいる間の暖房費は節約できるかなとも思った。
とその時、珍しく僕のスマホに着信があった。見たら山田さんからだった。電話番号はけっこう前に登録してたけど、かかってきたのは初めてだ。明日の件についてだと思った。
「はい、山下です」
と応えたら、やっぱり山田さんだった。
「こんばんは、山田です。明日のことなんですけど、お昼前にそちらに着くように思ってます。いいですか?」
って話だった。もちろん断る理由もないから、「はい、それでいいです」と返事をしておいた。すると電話の声が聞こえたのか、沙奈子もこっちを振り向いていた。
「山田さんだよ。明日のお昼前に来るって」
僕がそう言うと、パッと表情が明るくなった。本当に嬉しそうだ。だから僕は思い立って、
「沙奈子も話してみる?」
と言いながらスマホを差し出してみた。彼女はそれを受け取って、
「もしもし」
って少し緊張した感じで言った。電話自体に慣れてないのかなって印象だった。
「沙奈子ちゃん?。こんばんは。お父さんから聞いてると思うけど、明日会いに行きます。待っててね」
そんな声が漏れ聞こえた。沙奈子は嬉しそうに頷いて応えた。
「うん、待ってる!」
それからしばらく二人で話をした後、沙奈子が僕に「はい」ってスマホを差し出した。代わってほしいという意味だと思った。
「もしもし、代わりました」
僕が代わると山田さんの声が少し高くなってた。沙奈子と話したからテンションが上がったんだなって感じた。
「それじゃあ、明日よろしくお願いします」
山田さんのその言葉に、僕も思わず頭を下げながら応えてた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それで話を終わった僕を、沙奈子が見てた。すごく嬉しそうな顔だった。
「明日来てくれるって。楽しみだね」
僕の言葉に、彼女は大きく「うん!」って頷いた。こんなに仲良くなってくれるなんて、本当にすごいことが起こったんだなって改めて気付かされた気がした。
その後の沙奈子は、とても上機嫌だった。人形の服のボタン付けもなんだか楽しそうだった。楽しそうで、しかも集中してた。そして、これまで作った服へのボタン付けを終わらせてしまったのだった。そうして出来上がった服を、人形に着せては眺めて、また次の服を着せては眺めてってしてた。
嬉しそうな彼女の様子を見てると、また以前の暗い顔をしてた姿が思い出されてきて、込み上げてくるものがあった。ほんとにもう、どうしてこんなすぐに泣けてくるのか、自分でも呆れてしまう。だけど、この子のこんな姿を見てるだけで僕も嬉しくなるんだから、仕方ない。
後はただ、沙奈子の子の笑顔を守ってあげなきゃなって思う。この子が望むなら、僕はいつまでだって傍にいる。いつか巣立っていくかもしれないけど、それまでは一緒にいる。巣立ってからだって、いつまででも僕は沙奈子の味方だ。いつだって力になる。困ったことがあったら力を貸す。僕自身がそうしたいって思うから。
その時、ふと思った。そう言えば最近、あの夢を見ないなって。結人の夢だ。それで何となく考えた。あれは、沙奈子との生活に戸惑っていた僕自身が自分を納得させるために見せたものだったんだろうなって。例え想像でも未来の沙奈子の姿を見せることで、今、自分がやってることが未来につながっていくんだってことを自分で納得するために見せてたんじゃないかなって。だから、この子と一緒にいることが僕にとって完全に当たり前の日常だってなったことで、夢という形で自分に言い聞かせる必要がなくなったんだんじゃないかって。
それはただの想像にすぎないけど、それ自体は別にどうでもよかった。今を続けていけばいずれは夢で見た未来に辿り着ける。夢で見たことが本当になるかどうかは分からないしどうでもいいって思える。現実の方を受け入れるだけだし。
10時を回ったころ、沙奈子があくびをし始めた。さすがに疲れたんだと思った。「そろそろ寝ようか」って言ったら頷いてくれた。
布団を敷いてトイレに行って、二人で一緒に横になる。それでまた別のことを思い出した。石生蔵さんのことだ。それで彼女に聞いてみた。
「沙奈子、石生蔵さんのお母さんとか、来てくれてた?」
沙奈子は首をかしげるような仕草をして、「分からない」と答えた。と言うことは、少なくとも石生蔵さんがそういうことを言ってなかったってことだろうな。
『あの人、私のことキョーミないし。夜勤だから寝てるよ』
石生蔵さんのそんな言葉がまた頭をよぎる。だったら、避難訓練の後の引き渡しにも来なかったんだろうか。確かに、保護者が迎えに来れない児童は先生が家まで送ってくれるってプリントにはなってた。石生蔵さんは結局、先生に送ってもらったっていうことだろうか。家庭の事情だから口出しはできないけど、すごく寂しいなって思えた。
そう言えば僕も、両親が参観とかに来たっていう記憶がない。もしかしたら覚えてないだけで来たことはあるかも知れないとしても、それを僕が覚えてられないくらい印象的に感じてなかったいう意味でもあるかもしれない。可能性があるとしたら小学校低学年の頃以前か。そんな小さな子供が両親が授業参観に来てくれたっていうのを印象的に感じてなかったっていうのも、やっぱり寂しい話だよな。
沙奈子におやすみなさいのキスをし、彼女からはお返しのキスをもらい、寝息を立て始めるのを見守りながら、僕は静かにそんなことを考えていたのだった。




