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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百十九 沙奈子編 「変更」

水曜日の朝。いろいろ驚かされた石生蔵さんの話は一段落ということで、今日からはまたいつもの日常に戻りたいと思った。こういうことに振り回されるのはやっぱり精神的に疲れる。できればあまりあってほしくないなって思う。ただ、石生蔵さんに起こったこと自体は、山仁やまひとさんの話を聞く限りでは悪いことじゃない気もする。是非そうであってほしい。石生蔵さんに何かあったら、沙奈子にまで影響がありそうだから。


ああでも、改めて考えてみると、実のお姉さんよりもそんな他人をお姉さんと思いたいって、そういう点でも僕や沙奈子の状況に似てるのか。石生蔵さんが沙奈子にきつく当たらずにいられなかった理由の一端が見える気がした。その上で、今回のことで少しでも状況が良くなってくれればと思った。やっぱり家庭環境に何か問題がありそうな気がしてしまったから。


それにしても、僕がいくら石生蔵さんのことを心配してても何もできないのに、家庭の問題にどんどん踏み込んでいく人って本当にいるんだなとも実感した。どういう人ならそんなことができるんだろう。少し興味もありながら、だけど僕としてはあまり関わり合いになりたくないタイプの人かもしれないとも思った。何となくのイメージだけど、お節介で圧力の強い人って気がしたし、僕はそういう人がすごく苦手だし。


そんなことを考えながら朝の用意を済まして、今日も沙奈子に見送られながら家を出た。会社に着くと、もうあれこれ考えずに仕事だけに集中する。英田あいださんの様子は相変わらずだからあえて意識しないようにした。まずまず順調に仕事を終えられて、昼休みになった。


社員食堂に行くと、伊藤さんと山田さんも来た。二人の顔を見ると何だかホッとするようになった。最近何となく感じてたことだけど、沙奈子と二人の関係が良くなったから余計にそう感じるんだと思った。二人の方からも特に何か変わった話題は出てこなかった。二人のマシンガントークを見てるだけでも僕は楽しかった。


午後からの仕事も順調だったと思う。でも定時直前になって急に設計変更の連絡が来て、僕らの部署は慌てた。たまにあることとはいえ、他の人たちは不満たらたらだった。僕も当然、嬉しくはない。とは言えそこで文句を言っても始まらないから、あれこれ考えないようにして指示通りに書き直した。おかげで会社を出るのが9時前になってしまった。


バスを待ってる間、家に電話をする。留守番電話に切り替わったら、


「沙奈子、ごめん、今日は帰るのが遅くなる…」


というところまで話したらガチャッと受話器が上げられる音がして、


「もしもし、お父さん?」


と沙奈子の声がした。


そこで改めて、


「ごめん、今日はお仕事が忙しくて帰るのが遅くなっちゃった。もし眠かったら先に寝ててくれていいよ」


って言ったら、沙奈子に言われた。


「だいじょうぶ。まってるから。気を付けてかえってきてね」


その言葉が嬉しかった。僕のことをこんなに気遣ってくれることにまた込み上げるものがあった。ほんと、沙奈子のことになると僕はすぐ泣くなあと改めて思った。


早く帰りたいっていう気持ちを抑えて、慌てずに帰る。ここで焦って事故でも起こしたらそれこそ意味が無いから。沙奈子が待ってる家に無事に帰るのが僕の務めだから。


家に帰って「ただいま」ってドアを開けると、彼女が「おかえりなさい」って迎えてくれた。ああ、今日も二人とも無事だったって思えた。


すぐに風呂に入って寝る用意をする。先に布団を敷いて、沙奈子には横になっててもらった。


「ごめんな。今日も裁縫セット使えなかったな」


髪を乾かしてる僕のことを見てた彼女に、裁縫セットを使わせてあげられなかったことを謝った。僕がいる時しか使わないっていう約束を、沙奈子はちゃんと守ってくれていた。


彼女は「ううん」って首を横に振って言った。


「お父さんといっしょにいる時に使いたいから平気」


それがどういう意味かちょっと分からなかったけど、平気って言ってくれたのは少し気が楽になった。あとになって、僕に上手に作れるところを見てほしいっていう意味かなって思った。


やっと髪が乾くと、僕もすぐ布団に入った。沙奈子は結局、僕が横になるまで起きて待っててくれてた。たぶん、おやすみなさいのキスと、腕枕が欲しかったんじゃないかなって気がした。何しろ、おやすみなさいのキスとお返しのキスと腕枕をしたら、本当にすぐに寝息を立て始めたから。すごく眠たいのを我慢してたのかもしれない。


『本当にごめんな、遅くなって』


声に出さずにそう謝った。沙奈子が相手なら、僕もこんなに素直に『ごめん』って言える。この子が来る以前は年に一回あるかないかって感じだった気がする。わざわざ他人とぶつからないようにはしつつも、だからこそ謝らなきゃいけないような状態になるのも徹底的に避けてた気がする。今から思ったら何をそんなに神経質になってたんだろうって感じがしないこともない。


ふと気が付いたら、また雨が降り始めたみたいだった。その雨音を聞きながら、僕は眠りについたのだった。




翌朝。今日は木曜日か。昨日はおおむね何もない一日になりかけてたのに仕事でちょっとやられたな。今日こそ何もない一日になってほしいと思った。


昨夜から降り続いてる雨がまだやみそうにない。雨そのものは嫌いじゃないのに雨の中仕事に行くと思うと少し憂鬱になるのはなぜだろう。バスの中の不快指数が増すからかな。そんなことも考えながら、沙奈子に言った。


「今日は雨だから、特に気を付けてね」


そう言う僕に「うん」と頷きながら、いってらっしゃいのキスをしてくれた。お返しのキスをすると、


「お父さんも気を付けてね」


って言ってくれた。もちろん、気を付けるよ。沙奈子の為にね。


家を出ると、かなり肌寒い気がした。去年の今頃はまだけっこう暑かった気がするのに、昨日までは昼間はそこそこ暑かったりしたのに、今年は寒くなるのも早そうだな。そろそろコタツを出そうか。そんなことを思いながらバスを待った。


会社に着くころには雨も上がりかけてた。これなら沙奈子が学校に行く時にはやみそうかな。オフィスに入ると上司がもう来てて、昨日の設計変更がさらに変更になったと言ってきた。その場にいた誰もがうんざりした顔になってた。僕ももしかしたら無意識にそんな顔になってたかもしれない。いきなり何もない一日にはならなかったかなんて思ってしまったりしたから。


でも文句を言っても始まらない。やらなきゃいけないことをやるだけだ。だけど今日は始まった時点でそういう形だったから、仕事自体はそんなにいつもと変わらなかった気もする。変更されたところだけ注意してやればよかっただけだし。


そんな感じで、僕は黙々と仕事をこなしていったのだった。



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