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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百十五 沙奈子編 「日記」

「なんか勢いでみんな一緒に乗っちゃったけど、方向とか大丈夫?」


間に座って眠ってしまった沙奈子越しに、山田さんに聞いた。


「大丈夫ですよ。せっかくですから、家まで送らせてください」


なんて言ってくれたけど、ほんとに大丈夫なんだろうか…。とか思ってるうちに僕たちのアパートについてしまった。タクシーを降りても沙奈子が起きてくれなくて、結局、伊藤さんと山田さんにも手伝ってもらうことに。ようやく玄関の鍵を開けたところで沙奈子が目を覚ました。


気が付いたら家の前だったからか、彼女は少しきょとんとしてた。そんな沙奈子に伊藤さんと山田さんが、


「またね、沙奈子ちゃん」


と言って手を振ってくれた。すると沙奈子の目から、ポロポロと涙が溢れた。


「え!、なになに?、どうしたの沙奈子ちゃん!?」


慌てる二人に対し、僕はすぐにそれがどういう涙か分かってしまった。寂しいんだ。しかもその上、目が覚めたばっかりで急にお別れを言われたから、状況が良くつかめなくて、少しパニックになってしまったんだと思った。


この時の沙奈子の様子は、本当に3歳とかそこらくらいの小さな子供のそれじゃなかったかと僕も思ってる。少なくとも10歳にもなる子の感じじゃないって気がする。こういうところも、この子が抱えてるものなのかもしれない。たぶん、精神的な成長がアンバランスなんだろう。僕も自分の中に似たような面があるから分かってしまうんだ。僕の、恋愛とか性に対する無関心さも、もしかしたらそれかもね。ひょっとしたら僕はまだ思春期を迎えてないんじゃないかって自分でも思う時がある。


でも今はその話は置いといて、結局、伊藤さんと山田さんには部屋に上がってもらうことになってしまった。とにかく沙奈子が落ち着いてから、ちゃんと彼女が納得してから帰ってもらうっていうことで。


まさかこんな形で女性をこの部屋に入れることになるとは、想像もしていなかった。


「へえ、部屋はすごくきれいにしてるんですね」


伊藤さんが、部屋に入るなりそう言った。きれいと言うか、沙奈子と一緒に掃除をしてるからっていうのもあると思うけど、それ以上に、どちらかと言えば殺風景って感じかな。普段使わないものは一切置かないようにしてたし、趣味らしい趣味もないからそういうものも置いてないし。その辺りが山田さんは気になったみたいだった。


「だけど、女の子がいる部屋にしてはちょっと寂しいかも…」


呟くようにそう言ったすぐ後で、机の上に、イルカの絵のジグソーパズルと人形と、沙奈子手作りの人形の服が並べられてるのを見て、パッと明るい表情になった。


「あ、ちゃんとこういう感じのもあるんですね。それとこれ、もしかして沙奈子ちゃんの手作りですか?」


山田さんの声に伊藤さんも人形の服に気付いて、一気にテンションが上がった。


「え?、これ沙奈子ちゃんが作ったんですか?。すご~い!」


沙奈子に向き直って、山田さんが聞いてきた。


「この服、良く見せてもらっていい?」


沙奈子もなんだか嬉しそうな顔をしながら頷く。それを見届けた伊藤さんと山田さんが、人形の服を手に取ってそれを見た。


「わあ~、良く出来てる~」


と伊藤さん。それ以上に山田さんは興奮した感じで、


「確かに手作りっていうのはすぐ分かるけど、沙奈子ちゃん、洋裁始めたばかりなんですよね?。小学4年生でそれでこれだけ作れるって、すごいと思いますよ」


って言ってくれた。それを聞いて沙奈子もまた自慢げな顔になってた。


それからまた三人で楽しそうに話をし始めた。こういうのを女子トークって言うのかな。とても楽しそうで、男の僕じゃ入って行けそうにない感じだった。だからちょっと距離を置いてそんな三人を眺めてた。今日は本当に、すごいことが起こった日になったなって思った。


そんな感じで時間が過ぎて、部屋の中が少し薄暗くなった頃、伊藤さんがそれに気付いて言った。


「あ、もうこんな時間?。長居しすぎちゃった?」


すると山田さんも少し慌てた様子になった。


「やだ、洗濯物出しっぱなしだった。そろそろ帰らなきゃ」


そう言う二人に沙奈子は少し残念そうな顔をしたけど、今度は泣き出したりしなかった。


「ここからだったらバスで帰れますから、私達はバスで帰ります。バス停はどっちですか?」


と伊藤さんが言ったから、僕と沙奈子はバス停まで二人を送ることにした。バス停でバスを待ってると、山田さんが言ってきた。


「ご迷惑じゃなかったら、また、遊びに来てもいいですか?」


その言葉に沙奈子が僕を見る。それは間違いなく、承諾が欲しいっていう顔だった。僕も別にそれを拒否しなきゃいけない理由もなかった。だって、男の一人暮らしの部屋に来るというのとは違うから。僕の部屋には、常に沙奈子が一緒にいるから。僕と沙奈子はセットだから。


「いいですよ。沙奈子も喜びます」


僕の言葉に嬉しそうな顔をする沙奈子の頭を撫でながら、そう言った。伊藤さんと山田さんも、すごく嬉しそうな顔をした。そこへちょうど、二人が乗るバスが来た。


「じゃあ、またね、沙奈子ちゃん」


そう言って手を振りながらバスに乗る二人を見送る沙奈子は、もう泣かなかった。ちゃんと納得して見送れたからだと思った。二人を乗せたバスが見えなくなるまで見守って、それから僕たちは部屋に戻った。すっかり日が暮れていた。


部屋に戻るとさっそくホットケーキを作り始めた。変にゆっくりすると二人がいないのが実感できて寂しくなりそうだったから。


今日も上手に作れたホットケーキを食べた後でお風呂に入って日本地図を読み上げたりアルファベットを読み上げたり、九九を唱和して楽しんだ。


お風呂から上がると、沙奈子は自分で割り算のドリルを出してきて勉強を始めた。今日はお休みでも良かったと思ってたのに、すっかり習慣になってるからやらないと彼女も落ち着かないのかもしれない。


勉強が終わると今度は日記を書き始めた。見ると、


『今日は、お父さんとさいほうのお店に行きました。とちゅうでえりかおねえさんとれいなおねえさんと会って、いっしょにお店に行きました。えりかおねえさんはさいほうのこといろいろおしえてくれました。二人ともすごくやさしくて本当のおねえさんみたいでした』


って書かれてた。それを見て僕は、改めてすごいことが起こったんだなって感じた。海に行った時の絵日記なんて、二人の存在は無かったことになってたのに。


日記を書き終えるころ、沙奈子がまた眠そうにしてた。今日は一日、慣れないことをして、しかも彼女もテンションが上がりっぱなしだったから、相当疲れたんだと思った。まだ九時を過ぎたばっかりだったけど、眠そうなのに無理をして起きてる必要もないよな。山田さんといろいろ買ってきたものは、また明日以降ってことでいいだろう。


布団を敷いて一緒に横になった途端に、沙奈子は寝息を立て始めたのだった。


お疲れさま、沙奈子……。


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