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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百十三 沙奈子編 「一面」

「まさかこんなところでオタクバレするとは思いませんでした…」


店を出た後、伊藤さんは顔を真っ赤にして頬を押さえていた。


「でもでも、私の一番好きなキャラのコスが飾ってたからつい我慢できなくて~」


と言いながら身悶えするみたいに頭をぶんぶん振る。それを見て山田さんも、


玲那れいなは兵長にぞっこんだったもんね~」


とか。『兵長』って、それ、僕でも聞いたことあるぞ。何かすごい人気だって。そしたら山田さんが続けて言った。


「玲那が山下さんに声を掛けようって言いだしたのも、ちょっと兵長に似てたからだもんね」


ええ!?。そうなの!?。どこが似てるのかさっぱり分からないけど、その兵長って、すっごく強い人だったはずじゃないのかな。僕とは真逆だと思う。うわ~、何だか申し訳ない…。


「ぎゃーっ!。それは言わないでって言ったのに~!!」


伊藤さんが山田さんの肩を掴んでがくがくと揺さぶった。


「ごめんごめん許してぇ~!」


目の前で繰り広げられるやり取りに僕は茫然としてたけど、そこにふと、思いがけない音が聞こえてきてハッとなる。その音の方に目をやると、それは沙奈子がクスクスと笑ってる声だった。


沙奈子…、沙奈子が笑ってる…?。


彼女の笑顔を見るのが初めてってわけじゃない。これまでにも何度か笑ってるところは見たことはある。だけどこんな、周りを知らない人に囲まれたところで、しかも伊藤さんと山田さんを見てこんなに笑うなんて…。


「沙奈子ちゃん、沙奈子ちゃんが笑ってくれてる!」


それに気付いた山田さんがそう言って、伊藤さんもハッとなって沙奈子を見た。


「沙奈子ちゃ~ん、嬉しいぃ~。大好きだよ~」


山田さんは汚れるのも構わずにその場で膝をついて、沙奈子に抱きついた。沙奈子も、それを拒む様子もなく受け入れた。伊藤さんも、その二人を包み込むみたいに一緒に抱きしめた。


もしかすると、どうでもいい人から見たらコントみたいに見える光景だったかもしれない。だけど僕にとっては、まるで奇跡そのものっていう光景だった。あの日、部屋の隅で虚ろな目をぼんやりと向けてた沙奈子が、こんな風に他人と抱き合って笑ってるなんて…。こんなこと、本当に起こるんだ……。


抱き合う三人を見て、僕はいつの間にか泣いていた。本当に、知らない人から見たらわけの分からない光景だと思った。


だけどさすがにいつまでもそういうことをしてるのも邪魔になるかもしれないと冷静になった僕は、


「お昼、食べに行こうか」


と声を掛けたのだった。


すると三人揃って「うん!」と返事をしてくれた。それにも驚かされた。息ピッタリじゃないか。むしろ僕の方が疎外感と言うか異物感がある気がする。どうしてこうなった?。


昼食は近くの洋食屋に入った。女の子三人は仲良くオムライスを頼んで、僕はカレーを頼んだ。そこでも三人はずっと昔からそうだったみたいに仲良く話をしていた。


さすがに沙奈子はそんなにしゃべらなかったけど、伊藤さんと山田さんの話にちゃんと耳を傾けて、二人の顔を見て、頷いたり相槌を打ったりとしっかりと会話になってた。何だかヤキモチを妬きそうになってしまうくらいに。


その瞬間、僕は思い出してた。さっきの洋裁専門店の中で伊藤さんが言ってたのも、こういうことだったんだ。沙奈子と山田さんが急に仲良くなったみたいに見えて、それがちょっと妬けたんだ。なるほどそういうことか。それが理解できたのに、今度は僕が三人にヤキモチを妬くことになってしまうとは。


でも、決して嫌な気分じゃなかった。それどころかすごく暖かくて、柔らかい気持ちになるのを感じてた。そうだ。僕はこの光景を望んでたんだ。沙奈子が伊藤さんや山田さんとも仲良くなれて、みんなで笑い合えるこの光景を。やっぱりすごい奇跡だと思った。だけど現実なんだな。だから僕はこの光景をこれからも大事にしないといけないと感じた。これを大事にするために、これからもっといろんなことを考えないといけないと思った。焦らず、ゆっくりと、確実に、無理をせずに。


そんなことを考えてると三人のオムライスと僕のカレーが届けられた。四人で一緒に食べて、それはすごく楽しい時間だった。


食事を終えて会計の時、僕は四人分のお金を出してもいいと思ってたのに、伊藤さんと山田さんは、


「私たちの分は自分で出します。これは私たちのケジメですから」


と言って自分たちの分を僕に渡してくれた。だけど、山田さんにはさっき沙奈子の買い物の分を出してもらってるしと思った僕に山田さんは、


「あれは私から沙奈子ちゃんへのお近付きのしるしですよ。沙奈子ちゃんと私の話です。山下さんのことは別です」


って言われた。そっか、山田さんがそんな風に考えるんだったらそれは尊重しないとなって素直に思えた。伊藤さんも山田さんも、ちゃんと自分のことは自分でしようっていう人なんだと思う。


洋食屋を出て、特に目的も決めずに商店街の中を歩く。沙奈子はすっかり山田さんに懐いたみたいで、一緒に店頭に飾られた商品とかを見てた。僕と伊藤さんが、その二人を見守りながらついていく感じになってた。すると不意に、伊藤さんが話し出した。


「私、父親への反発が元々の原因だと思うんですけど、生身の男性に対してすごい不信感があったんです…」


唐突にそんな話をされて戸惑いながらも、僕はそれに耳を傾けないといけない気がした。そんな僕に伊藤さんが続ける。


「だからか、一時、いえホントは今もですけど、アニメのキャラクターにすごく憧れてて、兵長はその中でも私の理想の男性って言うか、理想の生き様って言うか、とにかく私の理想像なんです。口は悪いし不愛想だし乱暴なのにそれにはちゃんと理由があって、そして何より、兵長は自分の大切な人を守る為には自分は何をするべきなのかっていうのをいつも考えてると思うんです」


そう熱く語る伊藤さんの姿は、僕にとって何か不思議な感じがした。だけどそれは決して悪い意味じゃなくて、彼女の新しい一面って言うか、彼女のより本質に近い部分の姿なんだっていう気がした。だから僕は彼女の言葉を素直に聞くことが出来た。


「私が山下さんに声を掛けようと思ったのは、確かに見た目がちょっとだけ兵長に似てたからっていうのはあります。最初は単にミーハーな気持ちだったのは認めます。でも今は違うんですよ。私は本当に山下さんのことが好きなんです。でもまあ、何故好きになったかって言ったら、やっぱり兵長に似てるなって思ったからですけど…」


似てる?。僕が?。あんなに強いって言われてる人と…?。


思わず伊藤さんを見詰めてしまった僕に、彼女は少し照れ臭そうに言ったのだった。


「似てますよ。自分の大切な人を守る為にはどうすればいいのかっていうのを、いつだって真剣に考えてるところとか、ね」



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