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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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十一 沙奈子編 「親和」

週が明けて、明日からはいよいよ沙奈子の臨海学校だ。彼女にとってはたぶん初めての経験だと思うし、2泊3日と言っても僕にとっても彼女が来てから初めて一人の生活に戻る訳だから、何となく変な感じがした。


学校への集合時間は7時30分と1時間早いから、一緒に家を出ることになると思う。


沙奈子自身の様子を見ると、まあいつもと変わらないかなっていう感じだった。ただ何度もしおりを読み返してるのを見ると、それなりに緊張とかしてるのかもしれない。何しろ彼女にとってはまだ一ヶ月しか一緒に過ごしたことのない子達と泊りがけで出掛けるわけだから、緊張しない方が不思議か。


だからと言って嫌がってる感じはしない。


「分からないことがあっても先生に聞けばいいからね。楽しんでおいで」


そう言ったら、いつもの感じで頷いてたし。


リュックの中身を最終チェックするけど、問題なしだった。あとは明日の朝にお弁当と水筒を用意するだけだ。


お弁当は、簡単に食べられるものをっていうことだったから、朝起きて近所のコンビニでサンドイッチでも買ってきて、お弁当箱に詰め替えようと思う。あとは買っておいたプチトマトをデザート代わりに添えておけばいいか。水筒の中身はミネラルウォーターが無難かな。お茶は利尿作用があるから熱中症対策には向かないらしいし。


これで、ちょっと早いけど念のために今日はもう寝ようか。万が一でも寝坊するとやばいし。


それぞれ布団を敷いて横になる。何となく気配を感じて沙奈子の方を見ると、彼女も僕を見てた。別に不安そうっていうほどの表情でもないとは思ったけど、そっと頭を撫でてあげた。


そうしたら、しばらく頭を撫でられていた沙奈子が、僕の手を両手でつかんで自分の顔の前に持ってきた。そしてそのまま目をつぶる。このまま手を握っててほしいということかと思った。


驚いた。彼女がそんなことをするのは初めてだったから。


「…こっちに来る?」


もしかしてと思って聞いてみる。そうしたら沙奈子は小さく頷いた。だから掛け布団を持ち上げて、こっちに来やすいようにしてあげた。すると彼女は、僕の体と言うか腕にぴったりと寄り添うようにして横になった。


あったかい。腕に彼女の体温を感じる。静かにそうしてると、それまでの呼吸音が変わってきて、いつしかそれは完全な寝息になっていた。何だかそれが普段よりも早かったような気がする。


僕は、他の誰かとこんな風にして寝るのは初めてだった。女性と付き合ったこともない、と言うか他人を自分に近付けさせるのが怖かったというのもあって、付き合おうとか考えたこともなかった。修学旅行の時もそうだったけど、他人が近くにいたら逆に不安でよく眠れなかった。


だけど、沙奈子に対しては、最初の頃こそ緊張したけど、彼女も僕と同じように不安だったり緊張したりしてるっていうのを感じたからか、一週間くらいでそんなに気にならなくなった。たぶんそれは、相手が彼女だったからだと思う。


僕は思った。ひょっとしたら沙奈子は、以前からこうしたかったんだろうか?。それとも明日からの臨海学校で少し不安になってたんだろうか。そのどちらかは分からないけど、彼女が安心して寝られるなら別に苦にはならなかった。


僕にとってそれはとても不思議なことだった。自分がこんな風に思うことがあるなんて、考えてもみなかった。他の人だとたぶん無理だと思う。けれど、沙奈子だから大丈夫っていうのが何故なのかもよく分からない。分からないけど、それはもしかしたら、彼女が僕に何かを強く期待してたりしないからかもとは思った。


彼女が僕に何かを期待したり、何かをしてもらおうと下心を持ったりしてないのを感じるから、僕も彼女のことをすごく負担に感じたりしないんだってのは以前から何となく思っていた。そのおかげで、ここまで一緒にいられたんじゃないかな。


他人に何かをしてもらおうとか、何かしてもらって当然とか考えてる人って、自分の思い通りにならなかったらすぐにヘソを曲げたり怒りだしたりする。僕の両親がまさにそういう人だったから、そういう人が傍にいるのは耐えられない。


仕事とかだったら言われたことだけしてたら文句を言われる筋合いもないって開き直れるけど、プライベートでは絶対に無理って思う。そういうのが、沙奈子からは感じられなかった。それどころか彼女は僕と同じなんだと思った。何かを自分に対して期待する人が怖いんだと思った。


それが当たってるかどうかはまだ確信は持てないけど、とにかく大丈夫なのだけは確かだった。そうして僕も、すぐ近くで沙奈子の寝息を聞いてるうちに眠ってしまっていたのだった。




翌朝目が覚めると、彼女の姿はなかった。気配を感じてテーブルの方を見ると、沙奈子がトーストの準備をしてるところだった。


「…おはよう」


声を掛けると、


「おはよう…」


と応えてくれた。お互いに余計なことは何も言わないけど、挨拶はちゃんと交わすようになっていた。


僕も起きて布団を片付けて、まずはすぐ近所のコンビニにサンドイッチを買いに行った。彼女は辛いのが苦手みたいだから、タマゴサンドとツナサンドにしておいた。戻るとトーストの用意もできていたけど、先にお弁当の用意をする。


サンドイッチをお弁当箱の一段目に詰め替えて、二段目にはプチトマトと、ふと思い立ってアルミホイルで小さなカップを作ってそこに煮干しを詰めておいた。実は沙奈子は煮干しが好きみたいで、出すと必ず全部食べていたから、ちょうどいいと思った。


でも、それに気付いたのは割と最近だった。虫歯が痛かった時はさすがに食べにくかったのかあまり食べてなかったからだ。


そうしてお弁当の用意も済ませ、水筒にミネラルウォーターを入れてリュックの中のナップサックに入れて、準備は万端整った。


沙奈子が用意してくれたトーストを食べて、歯磨きをして、着替えて、出掛ける準備も整った。


彼女がリュックを背負うと、肩ひもが長すぎてすごく重そうに見えたから、目いっぱい短くしてなるべく体にフィットするようにしてみた。そうすれば、大きさはかなり大きいけど、ほとんどが服とかタオルとかがかさばってるだけで、重さ自体は普段のランドセルに国語算数理化社会全部の教科書とノートと教材のドリルを詰め込んだ時よりも少し軽いくらいの感じだから、何とかなるはずだ。


と言っても、まだまだ小さい沙奈子の体と比べたらすごく大きく見えてしまうけど。後ろから見たら、何だかリュックに足と頭が生えたみたいにも見える。だけどそれは他の子もきっと一緒だから、たぶん大丈夫だろう。


外に出たら、今日、一緒に臨海学校の行く子達がちらほらいつもの集団登校の集合場所に集まり始めていた。その子たちの姿も、体に比べてリュックが大きすぎて見える。うん、だったら問題ないよな。


「じゃあ、気を付けてね、行ってらっしゃい」


僕が声を掛けると、


「行ってきます」


と彼女は応えて、他の子達と合流した。それを見届けて僕は、会社へと向かったのだった。


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