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第256話 今日の京都の恋模様㉔


 トラウマなんて言い方は大袈裟かもしれないけど、誰しも何かしらに苦手意識を持っているものだろう。


 昔、大きなイヌに腕を噛まれて以来イヌに触れないとか。

 昔、ジェットコースターに乗った後に思いっきり吐いてから、絶叫系が苦手とか。

 昔、男の人に乱暴をされたから男の人が苦手とか。


 俺の場合は榎坂のことがあって、恋愛に対してそういうものを抱いていた。


 生まれた苦手意識には、必ずそれにちなんだ理由がある。


 動物には動物の。

 乗り物には乗り物の。

 人には人の。


 恋愛には恋愛の。


「どういう人だったんだ?」


 これはきっと。


 秋名梓が恋に対して苦手意識を持つまでの物語だ。


「近くに引っ越してきた大学生の男の人。クラスメイトと違って落ち着いてて、賢くて、面白くて、格好良い。私がその人に惹かれるのに時間はかからなかった」


「近くに引っ越してきたって言っても、大学生の人とそう関わりを持つことはないんじゃないか?」


 まあね、と秋名は頷いた。


「家庭教師ってほど大層なもんじゃなかったんだけど、たまーに勉強を見てもらってたんだよ。すごいよ、大学生は。訊いた問題なんでも答えてくれるし、大学の話は面白いし、とにかくその人との時間はすごい楽しくて、終わるのがいつも惜しかった」


 小学生にとっては中学生が。

 中学生にとっては高校生が。

 高校生にとっては大学生が。


 ずいぶんと大きく見えるものだ。

 大学生の知り合いはいないけど、たまにそれっぽい人を見ると、あと一年二年で俺はあんなふうになれるのかといつも思わされる。


 だとすれば。


 中学生の秋名梓にとって、大学生のその人は大人のようなものだったのだろう。


「もっと一緒にいたいと思って、ずっと一緒にいたいと思って、私は無謀にも思い切って告白なんかしちゃったわけよ」


「思い切ったな」


 そこは素直に凄いと思った。

 恋は盲目なんて言葉があるけど、本当にいろんなものが見えなくなるんだろうか。


「振られたのか?」


「直球をぶつけてくるね、志摩は。思いっきり振られたなら、多分ここまで拗らせてはいなかったと思うよ」


「というと?」


「端的に言うとね、相手にされなかった。大学生からしたら、中学生なんてまだまだ子供で、恋愛対象に入らなかったんだろうね」


 そう口にした秋名の表情には清々しさのようなものがあった。別に今もそのことを引きずっているわけではないのかな。


「その頃の私はがむしゃらで、諦めが悪くて。それからもずっと告白をし続けた」


 想像できないな。

 俺の知ってる秋名とは百八十度くらい違う生き物に思える。


「何度伝えても、やっぱりダメだった。本気だって言っても分かった分かったってあしらわれるだけ。そんな日が続いて、そしてついに私が一番聞きたくなかった言葉を彼が口にした」


 聞かなくても分かる。

 けど俺は秋名の言葉を待った。


「彼女ができたって」


 どこか遠いところを見つめる秋名の横顔は、懐かしい景色を眺めるように優しいものだった。


 どう声をかけていいのか分からなくて、俺が言葉を詰まらせていると、秋名は吹っ切れたように言う。


「私がどれだけ本気でも、届かない思いはある。そのときにさ、なんか何かに本気で向き合うのがばかばかしくなったんだよ」


「……それは」


「本気じゃなくても、それなりで上手くやれる。本気じゃないから、失敗しても別にいいやって。そこから、私はどんどん拗らせていって、今に至るわけ」


 きっと秋名は本気じゃなくても、だいたいのことは出来てしまうんだろうな。


 だからこそ、本気になることの意味を見失ってしまった。


「今の私は誰かを好きにはなれない。相手の好意を受け入れても、きっと幻滅させるだけだよ」


「そんなことない、とは軽々しく口にはできないな。秋名がそう思うんなら、そうなんだろうし」


 俺がそう言うと、秋名はおかしそうにくすりと笑った。

 え、俺なんかおかしいこと言ったか?


 そんな顔で彼女を見ると。


「こういうことを言うとさ、人って無責任にそんなことないって言うよね」


「励まそうとしてるんだと思うけどな」


 言うと、秋名は乾いた笑みをこぼす。

 

「だとしても、私はその言葉が嫌いなの。あんたが私の何を知ってるんだって思っちゃう」


 まあ、言わんとしていることは分かるけど。

 安易な肯定は、時に人を傷つけるわけだし。


「けど、志摩はそんなこと言わなかったじゃん?」


「そんなことないって言えるほど、俺は秋名のこと知らないしな。お前が話してくれないから」


 こういうときだから、俺はその言葉をするりと吐き出すことができた。秋名は秋名でそれをさして大事とは捉えずに笑いながら謝ってくる。

 

「ごめんごめん。なんか恥ずかしいんだよ、自分のことを話すのはさ」


 でもね、と珍しく優しい声色で秋名が続ける。


「だから、志摩には話せたのかもしれない」


 俺の方は見ずに。

 ジャバジャバと音を鳴らして流れる川の方を見ながら秋名が言った。


「……それ、どう反応するのが正解なんだ?」


 これは本音だ。

 多分、褒めてくれている。

 きっと、称賛どころか絶賛レベルなんだと思う。


 あんまり褒められ慣れてないからリアクションが分からないんだよ。


 俺が困ったように言うと、秋名はいつものようにケタケタと笑った。


「その反応が正解だよ。それでこそ志摩だ」


 俺の背中をぽんと叩く。


 秋名の本心はまだ見えないけど。

 その言葉が嘘じゃないのはちゃんと分かった。


「お前、思ってるより俺のこと好きだよな?」


 いつものように言ってやる。

 あっちから言ってくることが多いから、今日は俺から仕掛けてやろう。


 そう思って。


 俺はいつもの軽口を口にしたんだけど。



「好きだよ」



 いつもと違う声色で。

 どこまでも真面目で真剣な眼差しで。


 秋名梓がそう言った。


「……え、や、は?」


 思ってたリアクションと違っていて、俺はまたしても動揺して頭の中が真っ白になった。


 そんな俺に、秋名はもう一度言葉を紡ぐ。


「好きって言ったの。私が、志摩を」


 

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