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第133話 エンジョイSUMMER⑲


「……すーすーする」


 柚木が更衣室に戻ってから少しして、ようやく三人が戻ってきたのだが、陽菜乃はずっと下半身を気にしている。


 不幸なことに陽菜乃はパンツではなくワンピースなので、より一層穿()()()()()()感覚を味わっていることだろう。


 幸いなのはスカートの丈が長めなことだろうか。


「解決してなさそうだけど?」


 やってきた三人に対して、誰に言うでもなく樋渡が口にした。


「あー、とりあえずコンビニまで行くことにしたの」


「買ってきてあげるよって言ったんだけどねー」


「それはさすがに悪いというか……」


 ここからコンビニまでめちゃくちゃ距離があるわけではない。

 面倒な距離ではないけれど、しかし気軽に往復するにはちょっとしんどい。


 それを思うと、自分のために買いに行かせるのは躊躇ってしまうか。陽菜乃の場合、そういうの気にするだろうし。


「そんなわけでコンビニで買うまでノーパン作戦を発動したってわけ」


「大声でノーパンとか言わないでっ」


「……陽菜乃ちゃんも言ってるけど?」


 そういうことなら、さっさと行ってしまおうと俺たちも立ち上がる。


 しかし、穿いてないのかと思うと見るだけで罪悪感というか、後ろめたさのようなものを感じるな。


 陽菜乃の方を見ているだけでドキドキしてしまう。


 前を歩く四人を追うように俺も歩き始めたが、俺の視線を感じたのか陽菜乃が恥ずかしそうに眉をハの字にして振り返ってきた。


「……あんまり見ないで」


「ご、ごめん」


「隆之くんのえっち」


「いや、ちょっと待ってくれ。さっきのだけでそう言われるのは心外だ。やましいことなんて一つも考えてなかった」


「水着のお姉さん見てたじゃん」


「……」


 くそ。

 なにも言い返せない。

 それに関してはやましい気持ちしかなかったから。


 俺がぐぬぬと押し黙っていると、陽菜乃がくすくすとおかしそうに笑う。


「隆之くんも男の子なんだね」


「……女の子なわけないだろ」


 そういう意味ではないことくらい分かるけれど、だからといって「そうなんだよ。俺ってわりと男の子なんだぜ」と肯定するのもわけわからんからそう言っておいた。


 そんな話をしていると、あっという間にコンビニに到着する。飲み物を買ったりするため、とりあえず全員が店の中に入る。


 陽菜乃は一目散に日用品エリアに向かっていった。俺はジュースを物色しようと店の奥へ進む。


 秋名と柚木はアイスを見ながら、なにやら相談している。樋渡はどこか視界の外へ消えてしまったので知らない。


 ジュースをレジに持っていき会計を済ますと、どこへ行っていたのか樋渡がとんとんと俺の肩を叩いてきた。


「どうした?」


「ちょっとこっちへ」


 樋渡に連れられやって来たのは日用品が売っている場所だ。最近は本当にいろんなものが売っていて、まさにコンビニエンスと呼ぶに相応しい。


「で?」


「これ見てみろよ」


 樋渡が指差したのは女性用の下着だった。黒色のオーソドックスなタイプのものだと思う。


「これがどうかしたのか?」


「……ここに売ってる下着はこれのみなんだって」


「へえ」


 沈黙。

 その先の言葉を待ってみたが特にこれといって何かを言ってくるわけでもなかった樋渡の方を向く。


「で?」


「ん?」


「何が言いたい?」


「日向坂はこれ買ったことになるんだよ」


「お前……」


 俺は思わず樋渡の頬をつねってみる。

 今日一日、ずっと樋渡優作はテンションが高かった。それこそ、いつもはクールな様子の樋渡にしては別人なほどに。


 ということで、ついに別人なのではと疑ってみた。


 しかし。


「いただだだだだ! なにすんだよ!?」


「いや、偽物かと思って」


「なんで!?」


「俺の知ってる樋渡はそんなこと言わないから」


「良かったじゃん。知らなかった僕の新しい一面を知れてさ!」


「……」


 プライベートでどこかに遊びに行くのはこれが初めてだ。放課後に寄り道程度ならあったけど、休日にガッツリというのはこれまでなかった。


 存外こんなもんなのかもしれない。


「冗談はこれくらいにして」


「なにも冗談になってないぞ?」


 気づけばイートインのスペースで秋名と柚木がアイスクリームを食べていた。コーヒー味の二つに割って食べる某アイスクリームだ。


「お、いいもん食ってんな」


「あんたらも食べたら?」


「どうする?」


「どっちでも」


 そう答えると、樋渡はアイスクリームを買いに行ってしまう。それと入れ替わるように陽菜乃が戻ってきた。

 どこに行っていたのかは分からないけど、多分トイレとかで買った下着を装着してたんだろう。


「……」


 あいつが余計なこと言ってくるから、どうしてもちょっとだけ考えてしまうじゃないか。


 樋渡のバカ野郎。人の煩悩刺激しやがって。


「なに?」


 俺の頭の中など知る由もない陽菜乃がこてんと首を傾げてくる。

 さすがに考えていたことを素直に吐くわけにはいかないが、後ろめたい気持ちは何とかして処理したい。


 だから。

 

「ごめんなさい」


「なにが!?」


 謝ってみたけど、そりゃ何がなんだか分からないだろうけど俺の自己満足だから気にしないでほしい。



 *



「ねえ、隆之くんはどう思う?」


 いろいろあったけど、楽しい思い出を作れた海イベントも終わり、俺たちは電車に揺られながら帰る。


 少し早めに出たので電車の中はそこまで混み合っておらず、日もまだ沈んでいない。


 静かな車内に響くのは、俺たちの会話だけだ。


 柚木に名前を呼ばれて、俺はぼーっとしていたことに気づく。なんの話をしていたのか全然聞いてなかった。


「え、ど、どうだろ」


 だから、とりあえずボカして答えておく。


「ちゃんと話聞いてたか?」


「き、きいてたけど」


「目玉焼きには醤油だよね?」


「ソースだろ」


「マヨネーズだと思うんだけどなぁ」


「塩コショウ一択よ」


 なんでこんなくだらない話題を真剣に話し合えるんだろう。

 なんて。

 こんなくだらない話題を真剣に話し合えるのが楽しいし、幸せなんだよな。


 友達じゃないとできることじゃない。


「ていうか、なんで四人とも違う答えになるんだよ」


「だから、志摩の答えで勝負が決するんだよ」


 そんな責任重大な役割を俺に与えないでほしい。


「醤油だよね? ()()()()!」


「マヨネーズだと思うんだけど、隆之くんもそうだよね!?」


「志摩は塩コショウでしょ?」


「相棒、ソースだと言ってくれよ」


「……気分に寄るんだけど」


 塩コショウのときも醤油のときも、マヨネーズのときだってある。ソースはあんまり使わないけど。


「そこをなんとか一つに絞ってくれ相棒!」


「急に相棒を強調するな。残念ながら、少なくともソースではないことだけは確かだ」


「なんだとッ!?」


 そんなことよりも。


 目玉焼きにはなにをかけるか論争なんかよりも、俺にはずっと気になっていることがある。


 そう思いながら、俺は陽菜乃の方に視線を向けた。すると彼女も俺が見ていることに気づいたようで。


「どうしたの? ()()()()


 そう言ってくる。


 やっぱり聞き間違いじゃないよな。

 一応、俺たちの間では二人のときは名前で呼ぶけど人前では名字で呼び合うという取り決めがあったんだけど。


 さっきから、めちゃくちゃ名前で呼んできてるんだよなあ。


「あの、日向坂さん?」


「ん?」


 真正面に座る陽菜乃の名前を呼ぶと、彼女はにっこりと笑いながら首を傾げる。


 俺が間違ってるみたいな空気やめて。


「えっと、その」


「どうしたの? なにか気になることでもあるの? ()()()()


 やけに名前を強調してくるな。

 これ、どういうことなんだろう。なにかを察しないといけないのかな。


 他になにか思考材料はないだろうか。


 俺は他の三人のリアクションを伺う。

 考えてみれば、これまでずっと俺のことを名字で呼んでいた陽菜乃が急に名前で呼んできたんだから何かしらの違和感は覚えているはず。


 まず最初に陽菜乃の隣にいる柚木くるみを見た。

 なんか知らんけど、にこーって笑っとる。なにわろてんねん。


 次に柚木の隣に座る秋名を見る。

 全然興味なさそうにしている。ちょっとは興味持て。


 最後に俺の隣に座る樋渡を見た。

 なんか知らんけど、にやにやしてやがる。なんだこいつ。


 ちなみに、どうして五人で座れているのかというと女子三人が詰めて座っているからだ。


 行きもそうすれば良かったのに、とは言わないでおいた。


「……」


 話を戻して。


 リアクションからはなんの情報も得ることはできなかった。


「言いたいことがあるなら、ちゃんと言ったほうがいいと思うよ? ()()()()


「ええっと、日向坂さんはどうして」


「なにかな? ()()()()?」


 にっこり笑顔はそのままに、圧力だけが強まっているような気がする。

 ここまで名前で呼ぶことを強調する理由として、思いつくのは一つだけ。


 俺は諦めたように溜息をついて、そして口を開く。


「……いや、なんでもないよ。()()()


 そう言うと、陽菜乃は納得したようにうんうんと頷き、他の三人は楽しそうににやにやしていた。


 なんというか、今日一日の中で一番疲れたような気がした。


 

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