シエラ・ウィドウのごめんなさい演奏会2
演奏を終えて3曲目。折り返し地点だ。少し間を開けて息を整える。やっぱりずっと一人で演奏しているのは疲れる。私の音しか鳴らないのだからサボれなくて当然だ。何とか立て直して次へ。
次の曲は落ち込んでいた時に吹いた『追憶の彼方へ』。中学校三年生のコンクールの課題曲だ。楽しかった雰囲気をがらりと変える怪しげな曲。音色もそれに合わせて明るさを消す。
クラリネットだけではこの曲の良さを十分に伝えきれないのが残念だが、それでも精一杯に演奏する。クラリネットが休みの部分はもちろん歌う。
この歌混じりの演奏にもだいぶ慣れてきてくれたようで、お客さんは黙って聴いてくれている。青空の下、私の音だけが空に吸い込まれていく。私の音に反応したように、雲が通り過ぎて地面に影を作る。
一人だけでもこの曲の壮大さを伝えられるように、音の強弱をはっきりとつける。おかげで最後の盛り上がりでは口が死にそうに痛くなったが、何とか音程を保ったまま演奏しきった。
パラパラとした拍手をいただいた後、アルフレッドが私の隣に進み出て来る。私はお客さんに向かって語りかける。
「私は今、こちらのアルフレッドの店、オズ楽器店で働かせていただいております。アルフレッドのお店は信頼できる素晴らしいお店ですので、ぜひ足を運んでくださると嬉しいです。私もそこで精一杯働かせていただいています」
まずはお店の宣伝。そして、
「さて、今までは皆さんの知らない曲ばかりを吹いて参りましたが、次の曲は偉大なるカイルベルトのビリク連隊です。アルフレッドにもトランペットで演奏に加わってもらいます。楽しんでいただけますと幸いです」
と、曲の紹介をする。アルフレッドの準備は既にできていて、楽器を構えて私を見ていた。うん、と頷きあって、私も楽器を構える。そして、私の合図で演奏を始める。
このビリク連隊は、実はあまり一緒に練習をしていない。次の『森の精霊』の方の練習にかかりきりになってしまっていたためだ。ビリク連隊は、演奏会を企画する前に私の練習に付き合ってもらっていた時に一緒に吹いたくらいだ。
そんなぶっつけ本番だというのに、アルフレッドは私の音にぴったりと合わせてくる。しかも、完璧な音で。
上手い──
わかっていたことだけれど、そう改めて思う。それは心強いのと同じくらい怖くもある。私の演奏会なのに、主役をアルフレッドに持って行かれそうだ。
ただでさえ野外で音が響かないという木管楽器に不利な状況なのだ。だけど、負けるわけにはいかない。これは私の演奏会なんだから。
一緒に演奏しているのに、私達は戦っているかのように演奏を続ける。息を合わせながら、一つの曲に仕上げながらも、自分の音を負けじと出していく。
ああ、楽しい。例え二人でも、誰かと演奏するって、こんなにも楽しい。
あっという間にビリク連隊の演奏を終えた。湧き上がった拍手は、今までで一番多いものだった。
最後の曲に行く前に私はもう一度お客さんに向き直る。始めよりも人数が増えている。そのことに安堵しつつ、私は口を開く。
「今日はお集まりいただきありがとうございます。次が最後の曲となります」
全員に聞こえるように、私はできるだけ声を張り上げる。
「私はこの街で多大なるご迷惑を皆様におかけした身でありながら、王立吹奏楽団に入団いたしました。そのことで、気を悪くされた方がいらっしゃるかと思います。まずは皆様へお詫びをしてから楽団に入るべきだったと反省しております。誠に申し訳ございません」
私は深々と頭を下げる。
「ですが、私は吹奏楽がやりたい。楽器が大好きなので、この大好きな楽器で皆様に音楽を聴いてもらいたい。わがままな願いですが、そう思っております」
心から。私は自分の心からの願いを告げる。
「今までのことを許してほしいとは申しません。ですが、どうか、この演奏が皆様の心に届いたならば、どうか私の吹奏楽団での活動を認めていただきたいのです」
お客さんはみんな誰も一言も発しないで私の言葉を聞いてくれている。
「この街のために、皆さんへ少しでも何かできるように、これから頑張ってまいりますので、どうか、どうか……」
胸がいっぱいになってしまう。私はこんなにも吹奏楽がやりたい。その気持ちが迫り上がってきて苦しいほどだ。
その時、観衆の中にあの女生徒の姿を見つけた。真顔で私の顔を見ている。
「よろしくお願いいたします」
私はもう一度深々と頭を下げてからアルフレッドの隣に戻った。
「最後の曲は私が吹奏楽を好きになった原点の大好きな曲です。聴いてください、『森の精霊』」
曲の紹介をしてから、アルフレッドと目を合わせる。
アルフレッドにふわりと微笑まれて、その笑顔が見たこともない優しいものだったので胸がトクリと鳴った。その気持ちを仕舞って、私は頷いた。『森の精霊』の出だしはトランペットのファンファーレからだ。
アルフレッドがトランペットを構えて、綺麗な姿勢のまま息を吹き込む。入団試験で私が歌ったファンファーレをアルフレッドが吹いてくれる。そのトランペットがとても綺麗で、私は泣きそうになってしまう。
涙をぐっと堪えて、その想いを楽器に乗せる。曲の前半はトランペットとクラリネットが掛け合いのように続いていく。
壮大なファンファーレにクラリネットが精霊のように軽快な音を乗せる。怪しげな雰囲気のまま、前半一番の盛り上がりを迎える。
誰かと『森の精霊』を演奏できること、それをこんなにたくさんの人に聴いてもらえること。これは謝罪の演奏会なのに、楽しくて嬉しくて仕方がなくなってしまう。
テンポも上がり、曲は軽快に進んでいく。自分が森の精霊になったような、そんな錯覚すら覚える。ここは広場のはずなのに森の涼しい空気を感じた。
夢中で吹き続け、気がつけば後半。盛り上がりに向けてだんだんと音量も上がっていく。5曲続けて演奏し、口が締まらなくなってきている。だけど、それをも忘れてしまえるくらいに楽しい。森の精霊でいられるこの時間がずっと続けばいい。
曲は最後の盛り上がりを迎える。アルフレッドのトランペットが広場に響く。私がそれに掛け合うように連符で花を添える。
何もかも忘れて曲に没頭した。意識を取り戻したのは演奏を終えてからだった。
広場はしーんと静まり返っている。観客の顔がじんわりと視界に戻ってくる。私は肩で息をしていて、我に返って立ち上がる。
中学の時、初めて出場したコンクールの映像と現実が重なる。あるはずがないのに、眩しいスポットライトの光が見えた気がした。
アルフレッドと共にお客さんに向けて頭を下げると、温かい拍手が降ってきた。それは、見る限り広場にいる全員が送ってくれているように思えた。




