末世の死者の都
あのとき、どうして木工職人が退屈な仕事だなんて思ってしまったのだろうか。
久しぶりに自宅に戻り、リビングでソファーに座ったケニー・ターンルードは顎に手を添えて考えこんだ。
このときばかりは人生を振り返る時間が必要だった。僧衣のフードは既に後頭部から垂らしている。隠しようもなく頭蓋骨が現れていたが彼は気にしなかった。気にする者などここにはいない。いなくなった。
窓枠の向こうには糸のように細い月が雲間から姿をさらし、室内の転がっている球根のような人間の手首を柔らかく照らした。
断面部からは鮮血がたらたらと床に流れていて、空をかくように指先が開いていた。
足を組みなおすとカトラスの柄がソファーにぶつかった。物思いが継続する。先ほどの家人との争いなど、もうケニーにとって蚊帳の外のことだった。終わったことなどに興味はない。ただただ、追憶に浸っていたかった。
この家は――この家は、とんがり屋根にしては好きだった針葉樹を模倣したからだ。
建材は焼き煉瓦製にした。木材にしてもよかったが、建築屋になるつもりはなかったから他人にやらせた。島の東側に位置する落葉樹の林の中は子供の頃の遊び場だった。
デザインのせいか、工場と連結しているせいか横長で野鍛冶と誤解されることもしばしばだった。
材料として木こりから仕入れた材木を庭先に積んでおけばあればそうした誤解もすぐに氷解した。
ルドエルムの松材は丈夫で高級な商品となった。ヤシ材も寝かせればいい荒縄になるし、何かにつけて構造材としても申し分ない。
それも過去のことだ。今はもう、積んである丸太もやすりで削られた平べったい角材もあとかたもない。廃業してしまっている。かつて若き日の頃は遮二無二になって材木と格闘していたというのに。
どうして、あんなにも――海軍のもたらす虚飾だらけの公報が魅力的に思えてしまったのだろうか。
先祖代々している椅子の脚の修理やテーブルの枕木の補強がつい嫌になってしまったのだ。
いいや、違う。本当は嫌じゃなかった。
つるんでいた悪友たちが軍隊入りしたり、役所に入ったり、繁栄した西方大陸に一旗揚げに行ったりしたせいだ。羨ましく仕方なかった。ねたんだのだ。できた自慢といえば妻ができたくらいか。それにしたって親戚の紹介で年齢にとうの立った女を宛がわれたに過ぎない。
職人気質で気弱な自分は親類に面と向かって断ることができなかっただけだ。結婚してからというもの世間は認めてくれた風ではあった。しかし、このままでいいのかと両手を握りしめてしまった。
だから――自分がみじめではないと示さねばならなかったのだ。
たいして欲しくもなかった大金を欲しがる振りをしなければならなかった。
家庭をもっと楽にしてやるとうそぶかねばならなかった。子供も生まれたばかりだというのに、信じられないという顔をして否定してくる妻を丸めこむために守るつもりもない幾つかの約束をせねばならなかった。
幸いにして当時のオルト公国――この島を管轄している国の海軍は劣勢だった。戦争には学も経歴も貧しい男が乗しあがれる素晴らしいチャンスが転がっている。
昨日までただの水夫だった男が一等航海士になったり、専任兵長に昇進することがままあった。
そうでなかったとしても、木工職人の身分では手に入ることのないピカピカの金貨が退役時に手に入るのだ。
家具を作る代わりに砲架の縁材の構成や甲板梁の継ぎ当てをすることになったが、毎日は充実していた。
ちょっとしたことで拿捕賞金が配当されたときは天にも昇る気持ちだった。木工職人時代の二月分の給金がたった一度、それも三時間だけの戦闘で手に入ったのだ。自分は砲弾を二度発射しただけに過ぎず、恐ろしい白兵戦もなかった。精々、駐退索を死に物狂いで引いたくらいだ。
ケニーが配属されたのは幸運にも快速船だった。海尉艦長も有能で一月に何隻も敵船をひっ捕らえた。
次々と転がり込む拿捕賞金権利引き換え書――一定の期間を経ればダース単位で金貨が手に入る約束がされた。
自分の選択は正しかった。
結局、世の中というものは踏み出した者が勝利するのだ。そう信じていた。
そんなときだった。自分の幼い子供が事故で急死したとの手紙がきた。川での水遊びをしている中でのあっけない悲劇だった。有頂天から一気に転げ落ちた。ろくに愛していなかった妻が心配でたまらなくなった。ろくに愛そうとしなかった子供が哀れで、悲しくて、胸が張り裂けてしまいそうになった。
愛息の亡骸を抱きしめて泣きわめくこともおろか、台所でしゃがみこんですすり泣きながら自分を責め続ける妻を慰めに帰ることはできなかった。一番傍にいてやらねばならないときにいてやれなかった。
一度、軍に入れば戦争が終わるまで自由などなかった。少なくとも三年は勤務しなければならない鉄の掟があった。
当然のことながら脱走も許されなかった。寄港することを祈るしかないが、ろくに港の整備されていない島に大型船が立ち寄りたがるわけもない。手に入る拿捕賞金だって失ってしまう。そんなことはできない。愛情と金銭を天秤にかける自らを呪うことさえあった。
自分の最期はあっさりとしていた。
滅入った気持ちで戦ったせいだ。戦闘配置にもつかず、ぼんやりしていたところにたまたま船の向こう、遠くからでたらめに撃ってきた敵の砲弾で死んだ。
「くだらねえ人生だった」
ケニーはつぶやき、味のしないビールを飲んだ。苦味は微かにしか感じ取れない。意識がほのめかす幻覚のようなものだ。五感はおぼろげで、味覚の神経などほぼない。
骸骨としてよみがえったのは嬉しいようで、悲しかった。
できるなら生きた姿で戻して欲しかった。あの恐ろしい船長ならできるはずだ。なのにしようとしない。そこまでするほどの価値が自分にないからだ。わかっていても、やり場のない苛立ちがわきあがる。
いいや、違う。本当に必要だったのは肉の体ではないのだ。取り戻したかったのは過ぎ去った時間だ。
「ケニーさん」
玄関口から見知った仲間の呼び声がした。動揺したのか立ち止まって息を呑み、床面に斜めに伸びた流血を凝視している。しゅーと鞘走りの金属音が聞こえた。
きらりと走った一筋の白銀の輝きにケニーは目を細めた。
見覚えのある若い男が汗を流しながら暗闇の中から現れた。強張った顔つきで内心の動揺を押し殺そうとしている。
本人は平静を装っているつもりだろうが、まだそうした社交術を身をにつけるには若すぎる年齢だ。すぐに人に同情してしまう不器用な男だ。
すぐに人を信じようとする哀れな男だ。感情をあらわしすぎる半人前め。
「傷害事件があったらしいです。森で暮らしている夫婦の内の一人が……男の方が重傷らしくて。犯人は骸骨だったらしいです。警邏の人たちは魔物が出たと話し合い、町に被害が出ないように厳戒態勢をしこうとしています。もしかしたら、すぐに保安官がここに来るかもしれません」
「見逃してくれ」
「すいません。おとなしくしてくれませんか」
「北に末世の死者の都があるらしいんだ。人外の者、死者にとって安息の土地だ。俺だって希望がある」
「わかりました。俺が負けたら目指してください。今なら船長は詳細を知りません。もしかすれば、逃げられるかもしれません」
「嬉しい報せをありがとよ!」
ケニーは僧衣をトーヤにばさりと投げつけた。
広がった凧のように覆いかぶさる。その隙を脇に置いたカトラスを振り抜いた。闇にきらめいた不意打ちの横薙ぎの剣が甲高い金属音を立てた。ぴたりと剣で止められている。ケニーは反撃を予期して大きく退いた。
切っ先を右回りにくるくると回し、相手に次の手を読ませないようにする。刺突の構えは取りつつ、冷静に相手の動向を窺った。
空いた手でうざったい僧衣を剥ぎ取られた。敵対している相手の茶色の瞳は濡れて悲嘆に暮れているようでもあった。
しかし――堂の入った中段半身の構えに剣先はぶれがない。
隙のない佇まいだ。そういえば、少しばかり剣術の手ほどきをしてやった覚えがあったか。軍隊で訓練したことをそのまま教えた。
心構えはどんなことだったか。忘れたが、教えがいもあった。すぐにモノにしてくれた。その時は嬉しかったが、今はもう喜びはない。
首なし騎士か――凶悪な能力を持つ魔人だ。
確かに並みの骸骨どもよりも難敵だ。それでも内部に潜む亡霊が魔術師や妖魔でもない人間霊ならばリリード・レイクよりは格下には違いない。
大型の海獣や戦争で見かけた怪物や魔人たちとは違う。まだまだ才能の片鱗も見せない未熟者にすぎない。
伊達に不死身のアンデット生活を過ごしていない。海賊との斬り合いは幾度もなくこなしている。無法者たちの剣も槍も大砲もやり過ごしてきた。事情が変われば職業軍人とだってやり合ったこともある。
生者はとにかく痛がりで、か弱いものだ。
剣の柄をぐっと握り、実のところ笑いをこらえながら口に出した末世の死者の都を目指して見るのもいい。冗談が本気に変わりつつある。
船乗りになったとき、この世の果てを夢見たこともある。
いつか、水平線の向こう側を乗り越えるのだ。遠い地に、地図では載らない場所に行くんだ。誰も見たことも行ったこともない世界へ旅するんだ。
無知な少年が抱くような淡い夢。自分には途方もない明日が広がっていると盲目的に信じていた。今はもう絶望の断崖がそこにあることしか知らない。
ケニーは喉を鳴らして深呼吸をしようとした。そうして、喉も肺ないことを残念がった。血も肉も失い、自分にはわめく心臓すらない。愛すべき妻子もなくなってしまったのだ……。
されど――高揚が骨だけになった身を昂らせている。
「変な話だが、生きてるって感じがするんだ」
◇ ◆ ◇
――来るか。
トーヤは受けの姿勢を取った。
奇妙な感覚だったが刀剣は慣れ親しんだ道具のように手の平に吸い付いている。足の運び方、身体の曲げ方、距離の取り方、構えから攻撃が放たれる流れまでが鮮明に脳内で映像化できた。
これならば負けはない。緊張と同時に現れた戦意が足先を軽くさせる。
息が弾み、目の色が変わる。意識を切り替えると望んでいないはずの戦いを望むようになっていく。血の生臭さを求めるようになる。精神と肉体の限界に挑戦したくなっている。
室内の光源は静かに鎮座する月光だけだ。窓枠が灯りを四等分している。ケニーの下半身のみを照らしている。
ケニーは左手の方向にすり足で移動していた。
間合いに入ると息つく間もなく、びゅっと風切り音を立てて刺突が胸を狙ってきた――偽攻であり、本命は下に意識を向けさせてから訪れる。
そう、いったん突いてから手首が半回転して。
「らぁっ!」
回る剣先が弧を描いた。膝元を狙った下段斬りに変化している。
腕力と手首の力しか加わっていないので剣の背で受け止めて滑らせる。予想通り受け流しが成功したところでトーヤは逆けさ斬りを仕掛けてケニーの肋骨を砕いた。
刃はこぼれ、白い骨がばらばらと細かく木板に散った。肋骨の一本を確実に破砕した手ごたえがあった。
そこで少し勝ちを意識したのがいけなかった。
冷気に似た殺気を感じて、反射的に右に飛んだ。左肘の皮膚の数ミリ先で白線が通り抜けた。
置かれたテーブルにぶつかって脇腹に痛みを覚えたが、ぎりぎりでかわすことには成功した。思わず、冷や汗が流れる。ケニーも苦し紛れの一撃だったのか平行を失って膝を折ってぐらついたが、それも一瞬の隙ですぐに持ち直した。
足早に踏みこんでくる。ひゅんひゅんひゅんと首筋を狙って刺突が連撃となって繰り出された。悪魔の舌となった切っ先が肉体を舐めようと躍り掛かってくる。
上半身を駆使した。懸命になっておかげで紙一重のところでかわしきり、相手の肩や鎖骨に刃をぶつけるが怯みもしない。
普通の人間ならば致命傷なのに。
二人はダンスでもするように前後に移動を繰り返した。
カットラスの使い方は刺突を主とする。攻撃と防御はすなわち前進と後退だ。普通なら刃先を相手の肉に食い込ませた方が勝利者となる。それが例え僅かであったとしても出血した人間は動けなくなるのだ。
今回は事情が違う。生身のトーヤと違ってケニーは肉の身体を持ってはいない。技量では確実にトーヤは勝っていたが攻防が有利になることはなかった。むしろその反対だ。
金属同士がぶつかり、ケニーの細い刃が刀身を滑りながら手先を斬りつけていこうとする。
トーヤは手首を急に翻して、相手の剣を絡め取ってやろうとした。恐ろしい刃が手元まで迫りくるが、恐怖はそれほどなかった。
目を逸らしたりした方が地面に這いつくばるのだ。
ケニーは勢いを殺さずに腕を突きだし、指骨部にトーヤの剣をがつんとぶつけた。些細なダメージなど考慮することはない。体当たりの剣さばきだ。
もみ合うと拳がトーヤの頬を強打した。撃たれながらも反撃の腹蹴りを放った。ケニーは押し出されて後退したがバランスはすぐに元通りになる。ダメージらしいものはない。
焦りを感じたトーヤは後方に下がり、ソファーに踵をぶつけた。
壁際に寄るほど不利になる。勝てる戦いなのに勝てない。決め手にかけている。
ケニーは本気だ。攻撃には手心などなかった。本気で自分を殺るつもりだ。
「……やろう」
相手が人間でありさえすれば致命打になる一撃を十度は与えている。
関節を切り離す重い一撃でなければならないが相手も本気なのか容易にはいかなかった。
攻めあぐねていると感じたのかケニーもまた試みを変えて姿勢を低くした。前傾でのわかりやすいほど突進の構えだ。
ダメージなど一切考慮に入れておらず、倒すことだけに集中している。
じっとりとした手汗がカトラスを持つ手を余計に固くする。
トーヤは腕の裾で唇にかかった汗を拭いた。ケニーの暗黒の眼窩は不気味なほど感情の色はなかった。
そもそも、表情というものは気配でしかわからなかったが、ケニーの持ち味だった人間臭さは消えてしまっている。
――倒せるか。いや、倒さなければ明日はない。
この期に及んで生半可な気持ちでいることを恥じた。
決して望まぬ戦いではあるが、避けては通れない。
厳密には骸骨水夫たちは死霊術師の呪物に過ぎない。
生きる者にとっては単なる物体なのだ。だからケニーの犯した罪は即ちヘルビアの罪になるのだ。術者が操っていると通常は誰もが考えるだろう。
事実が違うとしても、よみがえらせてしまったゆえに責には問われる。
それを知っていながら、わかっていながら人を傷つけてしまったケニーは到底許されることではない。
無責任野郎が――忍耐を知らない馬鹿野郎が。
骨になっちまった男に酒を飲ましてくれる女がどれだけいると思ってるんだ。こき使われても必要もないのに眠る時間をくれるじゃないか。家族に送る金だってくれたのにあんたは裏切ったんだ。裏切ってしまったんだ!
考えると怒りが増幅される。
笑い合った仲間を斬り捨てるのには激しい怒りが必要だった。そうでなければ、そうでなければ強い悲しみが心をずぶ濡れにしようとする。
トーヤは雄叫びをあげ、思いきり手を中空で横に切った。
「来いよ、今度こそあの世に送ってやるよ!」
「新人が!」
力の溜めた足が地面を蹴り、ケニーは瞬発力を見せて駆けた。
何一つ小細工のない刺突が飛んでくる。
トーヤはその一撃を簡単に弾き飛ばすことができたが、勢いは殺せなかった。剣を持たない手で喉を掴まれて押され、窓へと叩き飛ばされる。
背中が窓ガラスがぶつかったかと思えば派手に割れた。破片の上を転がり、ケニーともつれ合いなら芝地を移動した。
葉が飛び散り、草汁が体中を汚染していく。ケニーが真上にきた時、腹の上に腰を乗せた。またがって上を取られてしまっている。喉に細い指かかった。圧迫されて呼吸ができなくなる。首絞めだ。
めり込む五指には万力のような力がこもっていて、押さえつけられる苦しみが眼球を押し出そうとしている。
呼吸ができなくて何も言えない。血管がふさがれてしまっている。思考が奪われる。視界すら白みがかってかすんできた。
意識が薄れる――死ぬ。まさか、こんなところで死ぬのか。考えてもいないことだ。
そんな、そんなことは絶対に嫌だ。
――さあ、飯の時間だ。
「あ」
破顔の骸骨の横顔が瞼の裏に束の間、浮かんだ。
だるそうな男の声が聞こえた。唐突に苦しみから解放された。喉の圧迫が消えていた。
ずぶりっと何かがめり込んでいく感触が手にあった。
腕から出現した生命を奪う能力――相手を死に至らしめる黒剣がケニーの左胸を突き刺していた。そこにあるのは空白のはずなのに不思議な肉を貫いたかのような手応えが腕に伝わっている。
そうしてトーヤは気付いたことがあった。
あろうことか――ケニーは両手を離していた。大きく横に広げている。
攻撃と同時に手を離したのだ。こんなことをしなくても、途中で気を変えてくれていたのだ。
或いは仲間を討つ覚悟を決めていたのは自分だけだったのか。
ケニーが真横にずるずると崩れ、倒れた。
黒剣が何かしら生命維持に必要な物を奪い取っているのではないかと思い、左手から生えた剣を引き抜こうとしたが、できなかった。
腕がどうしてか自分の意思を反映してくれなかった。恐怖感がトーヤの口を開かせた。手先が何かに絞められたかのように動かせない。
意味のない悲鳴で歯の根が震えた。決断し、右手で拳を作って左手をぶん殴って取り外した。
黒剣がずるりと外れた。同時に身体の内側から満たされていくような感覚があった。胸がすっきりとして頭が冴えわたっていた。
豊潤な果実を口にした食後のような清々しい風が体を覆っている。
身体は満足感に浸っていたが、トーヤは涙した。何かとてつもなく恐ろしいことをしでかしてしまった。そんな確信があった。
見計らったかのようにがさがさと草木をかきわける音が聞こえた。探索隊の骸骨水夫たちが戻ってこないトーヤを心配して追いかけてきたのだ。
「おい、ぼうや、どうした」
「捕まえたのか。さっさと警邏が来る前にずらかるぞ」
「さっさと縛るんだ。船長に報告して町から逃げる準備をしよう」
三人の骸骨水夫たちは周辺を気にしつつも、倒れたケニーを囲って見下ろした。
通常ならば骸骨水夫は骨を砕かれても行動不能になるだけで死ぬことはない。
術の行使者たるヘルビアの呪縛が解き放たれない限りはほぼ無期限の生命となっている。
本来なら。
「なぁ、皆……聞いてくれ。頼むよ。つまんねえことを聞いてくれ。別に女房を……怒ったわけじゃねえんだ。金だけ取られて、手紙を無視されても仕方ないと思ってた。新しい男だってそりゃあ……こさえるさ。全部わかってる。どこにでもあるありきたりな結末がそこにあっただけなんだ」
寒さに震えるようにケニーはガタガタと骨を揺らしていた。
震える身体は下半身から下は動いておらず、その動きはぴたりと止まっていく。足先から膝上、腰骨からあばら骨とせりあがっている。
動いていた時計の針が勢いを失い、不規則な動きで止まっていくようでもあった。
生命の鼓動が消え去るように、白骨の身体を保護していた霊気の輝きは失われていく。
暗闇の中で朽ち果てた骨は本来の姿を取り戻しつつあった。
「わかってるよ。さぁ、船長に謝ろうぜ」
「そしたら眠らせてもらおうぜ。遠い日にいつか、別の死霊術師によみがえらせてもらえるかもしれねえ」
「もしくは冥界の一番居心地のいい場所を教えてもらうんだ」
「きっと罰当たりな俺たちは天国には行けねえけど」
骸骨水夫たちのしんみりとしたかけ声にケニーは微かに笑ったようだった。
下顎が持ち上がり、がくりと下がった。
「女房が殴られてたんだ。だからつい……許せなかったんだ。なんで、俺は……お願いだ……どうか、許してくれ」
ケニーは静止した。
それっきり指一本も動くことはなく、二度目の残忍な死を迎えた。




