10話 対ヨトゥン対策チーム4
† † †
最初の異変を発見したのは、フェルナンドのパーティだった。
「どうだ?」
「おそらく、ヨトゥンによる破壊だろうさ」
フェルナンドたちが見つけたのは、森の一角が完全に破壊され尽くした光景だった。木々は根本から折れ、地面を踏み荒らされている――残された足跡は、どう考えても人間サイズではなかった。
「……つい最近か?」
「少なくとも三日前以内だろうな」
「三日前の足跡が、こんなしっかりと残るのか?」
足跡の痕跡があまりにも明確に残りすぎている、フェルナンドの問いにシーフの男は答える。足跡の土を触れて、その硬さを確認してからシーフは意見を告げた。
「オレも野外は専門外だから当たってるかはイザボーんとこのレンジャーに任せるが、多分、この階層のモンスターがこの破壊跡を見て危険な場所だって判断したんだろうな。だから、踏み荒らされていないんだ」
「なるほどな。あんがとよ、納得いった」
「イザボーさんたち、呼んできました」
いいタイミングだ、フェルナンドはパーティでは比較的若い戦士を振り返る。その後ろにいたのはイザボーのパーティとスケッギョルドだ。
「……どうです? スケッギョルドさん」
「ヨトゥンで間違いないッスね」
「戦ったのは、“銀剣”ではありませんね。この階層のモンスターが相手だと思います」
戦いの痕跡を見てスケッギョルドがヨトゥンを判別し、イザボーパーティのエルフのレンジャーがそう判断する。視線よりもずっと高い場所、三メートルあたりに残った獣の爪痕を指差し、エルフレンジャーは続けた。
「多分、ブラッドベアあたりですね。かなり高い部分まで戦いの痕跡が残ってます。となると――」
「ご飯の確保じゃないッスかね? 雪狼の群れが有用だと判断すれば、共生する程度の頭はあるッスよ」
ブラッドベアと言えば、体長四メートル近くにまでなる血のように赤い毛並みの熊型モンスターだ。特に膂力に優れ、振り回した前脚の爪は鉄さえも切り裂きひしゃげさせる――Cランク冒険者がパーティでようやく対抗するモンスターである。
それを食事に、とは。フェルナンドは唸った。
「……マジか。グルメな巨人だな」
「雪狼がいると、食料に困るから遠出したってことでしょう」
雪狼のテリトリーは一面の雪景色になる。そうなると他のモンスターは寄り付かない、だから遠出して食事を確保したのだろう――それがエルフレンジャーとスケッギョルドの見解だった。
「雪狼は、この階層では食物連鎖的に高いモンスターではありません。もしそうなら、この森も雪に埋もれているでしょうからね」
おそらくこの階層にもっとも詳しいパーティのリーダーであるイザボーの意見に、フェルナンドは感心したように唸り、自分の顎を指で撫でる。
「定期的に襲われて、群れが減らされてる訳か。食物連鎖ができてるな」
「んー、自分が飛んで見つかると厄介ッスよねぇ」
上をビっと指で示し、スケッギョルドは言う。多分見つかっても、投石が飛んでくるだけだ。それでヨトゥンのいる方向はわかるが――。
「そこは“剣聖姫”の判断に任せようぜ。今は足取りを追う方が先決だ」
「はいっス。いや、皆さん本当に優秀で楽ッスねー。ちゃんと知識と経験で推理してくれるんスもん」
スケッギョルドの手放しで称賛する言葉に、フェルナンドとイザボーのパーティから笑みがこぼれる。わざと呆れた表情を作り、フェルナンドはおどけていった。
「なんだよ、ヴァルキリアってのは脳筋ばっかか?」
「力押し解決できるだけの実力があるッスからね。殴ってから考えるが基本ッスよ。それに、自分が知ってる冒険者って、こうもっと『俺には鑑定スキルがある!』とかなんでも鑑定で終わらせちゃうッスから」
「……え? それすごく羨ましいんですが……」
† † †
フェルナンドとイザボーのパーティが、スケッギョルドから聞く異世界の冒険者像を聞いていた頃。
「どう思う?」
「この峰を中心に遺跡が発見されてるようだが……」
冒険者ギルドで売っている地図に、イザボーから許可を受けて情報を少し書き写させてもらった――もちろん、相応の情報量は払った――オズワルドが呟く。基本的にこの山岳を再現された四二階ではダンジョンの“拡大”とは地中、山の中が主になっていた。
「ヨトゥンというのは平均八メートルの巨体だろう? そうなると森の中で痕跡を残さずに移動できないだろからな」
「これは予想外だったがな」
エルンスト・ブルクハルトは地図を覗き込み、指で指し示していく。
「俺はここはあまり来なかったんだが、地中の洞窟で遺跡郡が繋がってやがるとはな。これじゃあ森を遣わずに移動できるじゃないか」
「意外だな、お前は採集依頼では来ないのか?」
「モンスターが多いここで採集なんて、ソロの俺じゃ自殺行為だ」
オズワルドの疑問に、エルンストは短く理由を告げる。ここよりももっと、ソロに適した採集依頼があればそっちを受ける――エルンストらしい合理的な考えではあった。
「次で四つ目だが、どうかな?」
そうこぼすエルンストは、ようやく当たりの痕跡を見つけたと表情を引き締める。
その洞窟は、本来の出口の高さは六メートルほどだったはずだ。しかし、入り口が崩れている。それを確認して、足場を確認すれば大きすぎる足跡が見つかった。
「ここから強引にヨトゥンが外に出たらしいな。ここであたりか」
「オズワルドさん、エルンスト君、“銀剣”の荷物、見つけました!」
オズワルトパーティのひとりが上げた声に、オズワルトとエルンストは顔を見合わせ、声の方に向かった。
† † †
ひとまず、二〇人全員が洞窟の入り口へと集まった。
「……最悪を想定してたのね、ヴィンセントさん」
さすがだわ、とウェンディ・ウォーベックは故人に呟く。森の茂みに隠されていた“銀剣”の荷物には、一通の手紙が残されていたのだ。その手紙には、“銀剣”がどんな状況に置かれていたか詳しく書かれていた。
「ヴィンセントさんたちも、あの壊れた洞窟を見て異常だと思ったみたい。それで荷物をおいて洞窟の中を調査しようとしたのね」
その時、妙な唸り声などを聞いたのだ書かれていた。おそらく、自分たちの目的であるヨトゥンではないか、と判断。万が一を考えて、茂みに荷物を隠してこの置き手紙も用意したらしい。
「どうやら、あの遺跡の奥でヨトゥンに遭遇したかなにかがあったんでしょうね」
「行くか?」
フェルナンドの問いかけは短い。だが、そこに込められた意志は強い。それを知ったウェンディは、考え込む。
ここを今も使用しているなら、待ち伏せするという手もあるがそれは確実ではない。中に入れば、“銀剣”でさえ壊滅した状況に追い込まれる可能性は高かった。行くか行かないかの二択だが――。
「――行きましょう。少なくともこの奥でなにがあったのか、知る必要はある、わ」
あると思う、という曖昧な表現ではなくウェンディは敢えて断言した。ここでの迷いは不信に繋がる。全体のリーダーとして、全員の最終判断は自分の意見に左右される、それを忘れていない者の決意表明だった。
「そうだな、俺もそっちに一票入れる」
「――――」
エルンストが、そうボソリと言う。それはウェンディの意見に賛同した、だから自分はなにがあろうと文句は言わないという意志表示であった。それがわかるから、ウェンディは思わず綻んでしまうのを必死に押し殺すことになる。
「ご主人様、ご主人様」
「なんだ、真面目な話をしてるからそこで大人しくしてろ」
「いや、そういうとこッスよ?」
「あ?」
そんなやり取りに、ウェンディと会話するふたり以外から笑い声が上がった。
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エルンストさん、基本的に面倒という以外はパーティ向けな性格してます。面倒って以外は。
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