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いじめられていた美少女を助けたらベタ惚れになったので彼女にしました  作者: 荒三水


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犯人


「はは、なんだよそれ」


 花にそう水を向けられた雅人は、軽く息を吹き出しながら破顔する。


「教えてくれって、なんで俺が? ていうかそれ、ヤバイんじゃないの? 通り魔か何か? 警察には言った?」

「言ってないけど、そのほうがよかった?」

「いや、よかった? って言われても……。まぁ、特に被害もなくて面倒事が嫌っていうんなら……。それ相手の特徴とかは?」

「帽子をかぶってサングラスをして、黒いマスクをしてた。あととても背が高かったと記憶してる。ちょうど雅人くんぐらいの……」

「だからさっきから何なのそれは」


 遮った雅人の口調は少し強くなっていた。

 しかし花はそれに尻込みするどころか、より一層強い視線を雅人に返した。

 

「もう面倒だから言うけど……あの時、私と目があったわよね? サングラス越しではあったけど。おとといのことなんだけど、覚えてない?」

「いやいやいや、これまた急な……」

「ちなみにおとといの夕方六時ぐらいって、どこで何してた?」


 花が一方的にそうまくしたてていくと、雅人が呆れたような顔をして拓美のほうへ目配せをする。

 それを受けた拓美が横合いからたしなめるように口を出した。  


「……花。なにバカなこと言ってんだよ、やめろって」

「拓美も、言ってたわよね? 家のポストに例の手紙と、死骸が入っていたって」

「……ああ、それが?」

「実は私、結構前から拓美の家の前にもカメラを仕掛けてたんだけど……犯人、写ってたのよね。その時は忘れちゃったのか、マスクもサングラスもしてなかったみたい。今持ってきてるんだけど、映像見る?」


 拓美が目を瞬かせて、花を見た。

 そして何も言わずうつむいて、長い沈黙になった。

 バイクの通り過ぎる音が半開きになった窓から入ってきて、遠ざかっていく。

 やがて静けさが戻って、なおも誰もが身じろぎ一つせずにいると、部屋に雅人の乾いた笑い声が響いた。


「……はは、もういいわ、参りました。まぁ下駄箱にカメラ仕掛けるぐらいだから、そんぐらいはやってるかなぁって思ってたけど」

「じゃあ、認めるってこと?」

「認めるも何も、とっくに気づいてるんだろ? 疑いの余地もないぐらいに。あんたも、タクも」


 雅人が拓美と花の両方へ向かって顎をしゃくる。

 拓美は相変わらず何も言わずうつむいたままだった。

 雅人は目線を花の方に戻して、

 

「白々しいよなぁ、知らん顔でわざわざ呼び出してさぁ」

「それは、お互いさまでしょ?」

「ふぅん……というと?」

「あなたの目的は、バレないように拓美に嫌がらせすることじゃない。拓美を苦しめることだから。だから自分が犯人だって、バレてたって構わない。むしろ、そのほうが拓美は苦しむ。そうよね? だってそうじゃなければこんな大胆で……あまりにもお粗末で間抜けな犯行に説明がつかないもの」


 花がそう言うと、雅人はおどけた調子で両手を上げて首を振ってみせた。


「はい、お見事お見事。全くその通りでございます。そうだな……優しい優しいタクのことだからな。俺が何やったって、気づかないふりして知らんふりするって、そう思ってたよ。なのに……」


 雅人は鋭い目で拓美の方を睨んだ。


「お前、ヒナに泣きついたんだろ? 手紙のこと」


 雅人の言葉に初めて感情が混じった。

 それでも黙っている拓美の代わりに、花が答える。


「何か、勘違いをしているようだけど。真中さんに手紙のことを話したのは私よ。拓美じゃない」

「あぁ? そうかよ……。まぁ今となってはなんでもいいや。どのみち俺はもう、限界だよ。疲れた。そんでどうする? 俺を警察に突き出すか」

「拓美に対してあらゆる嫌がらせをしていたのも、全てあなたの仕業ね?」

「ああそうだよ。考えついてできそうなことは一通りやったよ。だっておかしいだろ? 俺一人だけが苦しむって。……それよりなぁ、どうするよタク。この場で俺をボッコボコに殴り殺すか? お前なら簡単にやれんだろ?」

「……マサ、つまんねー冗談言うなよ。全然、おもしろくねーからさ」

「冗談? 冗談ねぇ……。はは、冗談なわけ…………ねーだろ!!」


 雅人は大きく腕を振りかぶると、床を強く叩いて立ち上がった。

 そして拓美を見下ろし睨みすえて、


「もういい加減思い知ったよ。ヒナが喜ぶのも、怒るのも、悲しむのも……。全部お前の、お前のことばっかりで……。やっとお前に彼女できたってなんてさ。俺もそれで丸く収まると思ったよ、最初は。だけど結局ヒナは、タク、タク、タクタク……って、もうお前のことしか見てないってな。本当はお前だって、ヒナのこと、好きだったんだろ? でも……だけど、俺は! お前なんかよりずっと前から、ヒナのこと見てて……好きだったんだよ! それでなんでお前が選ばれるんだよ!? おかしいだろ! 昔のお前なんて、チビで泣き虫で、ビクビクおどおどしてて……結局顔ってことかよ!?」


 そう拓美に向かって怒鳴り散らすと、雅人は奥歯を噛みしめるように口を閉じて、ぐっと拳を握りしめる。

 やがてふぅ、ふぅ……と肩で息をするような荒い呼吸が聞こえ始めた。


「でもな、ヒナがお前を選んだとしても、もうしょうがないって……諦めようと思った。だけどそしたら俺は、もうヒナと……友達ですらなくなって……。俺から別れを切り出したら、今のヒナなら……きっとそうなる。昔のヒナはあんなに、あんなに優しかったのに……。お前のせいだよ、お前のせいで、ヒナがおかしくなったんだ」

 

 わなわなと全身を震わせながら、雅人が恨み言のようにそう吐き出す。

 まっすぐその憤りにあてられた拓美が、顔を上げて雅人を見返して、一度目線をそらして、再び戻して、何事か口を開きかけたその時。

 玄関口の方から物音がした。すぐにゆっくりと小さい足音が近づいてきて、静かにリビングに制服姿の陽愛が現れた。

 陽愛は耳に当てていた携帯をしまうと、一度ぐるりと室内を見渡してから雅人に視線を留め、表情のない目で、無機質な声で言い放った。


「タクはなんにも悪くないよ」

「ヒ、ヒナ……?」

「あたし、全部聞いてたから」

「聞いてた……?」


 目を見張る雅人。 

 するとすかさず、花がテーブルの上のカバンに差し込んであったスマホを手にとった。


「……これ、集音マイクついてるから。最初から真中さんにも全部、外で聞いてもらってた。彼女がいると正直に話してくれないと思って」


 花の言葉に、雅人だけでなく拓美も驚きを隠せないようだった。

 ついに立ち上がった拓美は、無理矢理に笑顔を作って、陽愛に身振りを交えながら声をかける。


「ちげえよヒナ。これ、あれだから。そういう……ドッキリだから。ちょっとマサのアドリブが過ぎるけど……」


 だがそう言いかけたとたん、それを遮って雅人が烈火のごとく声を荒げ、拓美に詰め寄る。

 

「タク! 何でまだ俺をかばうんだよ!? 俺は! お前が苦しんでるのを見て、内心ほくそ笑みながら、友人ヅラして! 嫉妬して、嫌がらせして、追い詰めて……最低の、最低のクズ野郎なんだよ!」

「ほら、マジすげえよな? こいつ。俳優とか向いてんじゃねえの」


 拓美は雅人を押しのけて、カラカラと笑い飛ばしてみせる。 

 その二人のやり取りを無表情で、どこか他人事のように見ていた陽愛は、突然拓美に向かって口元をほころばせて、


「大丈夫だよタク、心配しないで。あたし、全部聞いてたから、ちゃーんとわかってるよ。みーんなマサが悪いんだよね。タクを苦しめてたすべての元凶は……」


 そう言いながら陽愛は二人の脇を素通りし、ふらふらと台所の方へ歩いていく。

 若干おぼつかない足取りではあったが、陽愛はすぐに戻ってきた。

 手には鈍色の刃物が握られていた。その目はどこか遠くを見ながら据わっているようだった。

 陽愛は刃の切っ先を雅人に向けて、誰にともなく言った。

 

「待っててね? 今あたしが、タクを助けるからね」

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