掲示板
俺に成り代わっているかもしれない誰か……か。
正直、恨みとか憎しみとか、そういう感情は微塵も無い。
知らないはずの知識が湧き出ては来るんだが、本来の俺とやらの事を俺は知らないからだ。
とはいえ、どんな人間だったのかは俺自身……中藤洋としてなら知っている。
けれど、本物の中藤洋が実際はどんな人間だったのかは、記憶と人伝でしかわからないんだ。
その内面がどんな人物で、どんな考えをしていたのか……俺はわかっているつもりだが、何処まで本当なのかわからない。
いじめられていた時にどんな事を考えていたのか浮かんでこないのだ。
そして、本来の俺に関してもだ。
本物の中藤洋が居たとして、見た事も聞いた事も無い奴を恨むなんて、したくても出来ない。
だからこそ、気持ちが悪い。
例えるなら……そう、ホラー映画とかに出て来る幽霊が近いだろうか。
存在が不確かで不気味だから気持ち悪いし、怖い。
俺は確認を取りたいんだと思う。
なんというか、やっぱり過去に引き篭もっていたのも、俺の記憶にはあるんだ。
過去の成功も失敗も、今の俺を作る要素だ。
引き篭もっていた過去は嫌な事だけど、それでも俺の人生だから……誰かと俺が入れ替わったんだとしたら、確かめたい。
確かめて、本当に俺が俺なんだと証明したい。
それで、もしも本当に俺と入れ替わった奴がいたとしたら……。
「……」
しかし、今日の宿すら確保出来るか怪しい状況で、自分探しもクソもない。
そもそも入れ替わった俺がどこで何をしている奴なのかすらわからないんだ。
とりあえずは生活基盤を確保した方が良いだろう。
……不思議だな。
何度目になるかわからないが、例え様も無い既視感がある。
初めて見たはずのダブグレイロードキャタピラーの名前や習性、解体方法を知っていて、赤の他人……それも村レベルとはいえ、プロの目から見ても問題無いと判断された。
こんな事が現実的にありえるだろうか?
やはり、俺はこの世界を知っているのかもしれない。
「さて……」
これからどうするかを考える。
俺に成り変わった奴を探すにしても魔物が蔓延るこの世界を、薄着無一文で動きまわるのは得策じゃない。
魔物との戦闘を視野に入れるとブラックジャックと中古の解体包丁では少々心もとないしな。
そもそも……なんだったか、強くなる上で重要な何かが足りない気がする。
既視感が訴えているのだ。
この何かを思い出せないと間抜けで無駄な事をしそうな……そんな予感めいた感覚がある。
はは……自分の感覚を自らで嘲りたくなる。
未来予知とか、知らないはずの事を知っているなんて出来そこないの物語の様だ。
どっちにしてもこの既視感を頼りに行くしか今の俺に出来る事は無いんだけどさ。
とりあえず……服とか装備品、生活用品を集める所から始めるしかないだろう。
ザバッと川の方で何か大きな物が跳ねる様な音が聞こえる。
「キュ!」
見ると、ペンギンっぽい生き物が川を泳いでいるのが見えた。
……あれも魔物だよな? 敵意は無さそうだけど。
危険じゃないなら攻撃もされないか。
海辺の村独特の感性か、それとも狩るに値しない魔物なのか。
どっちにしても狩るのは難しいか。
そう思いながら村を歩きまわる。
まあ余所者故に忌避な目を向けられ……無い。
割と流通が盛んな地域なのだろうか?
酒場と宿屋、更に道具屋、武器屋がある。
他に小さいけど役場もあった。
まあ、あの頻度で魔物と遭遇するなら身を守る物は最低限必要だよな。
街道を歩くくらいなら運が良ければ大丈夫なのかもしれないけどさ。
道具屋で釣り糸と釣り針でも買うかな? それくらいなら今持っている小銭で買えるだろう。
なんて思いながら役場の前にある掲示板に目を向ける。
すると掲示板にはメモが複数張ってあるのに気づいた。
「うーん……」
掲示板の前に村人とも格好が異なる人物が立っていて、メモに目を向けていた。
皮製の軽装だな。剣を腰に下げている。
実際はもっと上だと思うが年齢は17歳くらい。
日本の感覚だとそれ位の外見だ。
中肉中背で印象的な要素は感じられないが……たぶん、冒険者志望とかそんな職業だろう。
冒険者としての経験は浅いと俺の感覚が告げている。
質問するか考えた所で、再度既視感が浮かんでくる。
この掲示板は言わば、村が募集した仕事だ。
メモに書かれている事を確認し、メモを取って行なう。
高難易度と言うか、正式な依頼は役場内にある掲示板で受ける。
役場で仕事を得るには資格が必要……だったはず。
今見ているのは村人や浮浪者も受ける事が出来る雑用掲示板って感じ。
内容にもよるが子供でも出来るアルバイト的な物もそれなりに多い。
村人の、手伝ってー! 的なモノだ。
例えば家の掃除の手伝いとかそんな感じ。
難しい依頼では無い分、報酬も安い。
こんな依頼を見て悩んでいるという事はこの人の腕も相応に低いって事だ。
とはいえ、小銭しか持っていない俺は、この人よりも更に下。
小銭でも金が手に入るなら見て損は無い。
そう判断して掲示板に目を向ける。
やはり村の雑務とかが多い。
さっきの肉屋が買い取る魔物の素材とかの一覧表も書かれている。
高めに購入する物もあるみたいだ。
他には道具屋……薬屋から薬草の採取納品依頼。
武器屋から製鉄用の鉱石採取依頼。
ツルハシは自前かレンタル……今の俺の所持金じゃ無理だ。
酒場のアルバイト募集か……あ、男性不可だ。じゃあダメだな。
村人限定とか限られたメモもある。
商人とかそれなりの役職ならともかく、村人的にはきついよな。
お? 漁をするので手伝い募集のアルバイト発見。
人手が多いほど良いって感じだ。
これにするか……掲示板にあるカレンダーを見る限り、数日後だな。
それまでどうしたものか。
「やっぱり手頃そうな薬草採取でもするか」
手を伸ばすと唸っていた人とメモを伸ばす手が当たりかけた。
「あっと……」
揃って遠慮して双方の顔を見る。
「ど、どうぞ」
相手が俺の風貌を見て遠慮がちに手を差し出す。
まあ……軽装も軽装、上なんて下着だしね。
薬草の依頼にも種類がある訳だし、持ってくる薬草だってね。
「あ、ありがとうございます」
一礼して俺は薬草依頼のメモ内容を確認する。
うーん……リアンと言う、この辺りで採取できる傷薬の材料になる薬草を採取するか。
ついでに弱い魔物ならば倒して肉屋で買い取ってもらえる。
持っていく上限数が書かれて無いな。
最低買い取り金額と最低持ちこみ数30本からという依頼を受けよう。
何枚も張りつけてあるみたいなんで一枚取って行く。
「あ……」
「ん?」
先ほどの人が声を漏らす。
受けられる人数はまだまだ余裕があるみたいだが、どうしたんだろうか?
「いや、もしかしたら知らないかもしれないのですが、この薬草がどこで、いつ採れるか知らないですか?」
そう言って指差したのはムーンライオと呼ばれる薬草だ。
薬草依頼の中での買い取り金額が金額表で一番高い。
まあ、メモには詳しい群生地とか性質とかは書かれていない。
走り書きのメモだからしょうがないけどさ。
とはいえ、浮浪者一歩手前の半裸男によくそんな質問出来るなと感心する。
……盗賊が奪いたいと思う様な品を扱っていた商人とでも考えたんだろうか?
そう考えつつ、ふと脳裏を過る。
「真夜中の月明りが強い夜、魔力的地場が強い所でのみ咲く花だからオススメはしませんよ」
俺の既視感果てしないな。
尋ねられてポンと出てくるとか。
魔力的地場って何?
まず、そこの所、俺自身がわからないんだけど?
字面から察するにあんまり良い所じゃないんだろうな、というのはわかるが。
なんとなくだけど、強力な魔物が出やすい場所の更に出やすい時間って雰囲気だしさ。
というか、この近隣ならどこ等辺に群生しているのかぼんやりとわかるんだが……。




