酒場
肉屋の解体場で俺はぐったりとする。
「あー、なんつーか……よくやった」
肉屋はまだ元気そうに立っている。
俺の倍くらいの速度でてきぱきと接客込みで応答していた姿を見ると化け物なんじゃないかと思ってしまう。
契約相手が優秀なのか、それとも肉屋自体のLvが高いのかはわからない。
シャロさんも手際は良かったと思う。
それ以上に客が多すぎた。
とはいえ、シャロさんは受付の方をしてもらったお陰でまだ元気な方かな?
この後、酒場の仕事があるらしいので、肉体労働は俺と肉屋がしていたし。
「今日は十分に働いたな」
不器用そうに視線を逸らしながら俺に報酬をくれる。
「後は酒場へ行って息抜きでもして来い。俺のツケで飲めるように話は通してある。オマケだ」
「一体いつの間に?」
「贔屓の冒険者に言付けさせたんだよ」
そうですか。正直寝る暇が無くて今すぐにでも寝たいです。
飴と鞭を上手く使いこなして俺を飼い慣らそうとしている様な気がする。
解体も知識もそれなりにあるから、便利君にしようとしているんだろう。
このままじゃ俺、肉屋の後継者とかにされそうで怖いな。
それは避けたいが、今回は甘えさせてもらおう。
「シャロ、お前も酒場での仕事が待ってるぞ」
あの重労働でまだ働くんですか……凄いですね。
「はい。じゃあ行ってきますね」
「じゃあこちらもお言葉に甘えて……」
晩飯の準備してなかったし調度良いか。
「銭湯利用できるようにしてある。今夜は俺のツケだ」
「途中まで一緒ですね」
シャロさんの笑顔が眩しい。
それと肉屋が本格的に俺を狙う前に一人立ち出来るようにがんばろう!
という訳で俺は酒場へと出かけた。
酒場に隣接する宿屋の銭湯をツケで入った。
普段は有料で入ってるんだけどね。
日本人的にはあんまり不潔にもしていられないし、止むなく何度かお世話になっている。
川で体を洗っても良いんだけど……そこまで節約はしてない。
人間、超えてはいけないボーターという物があると思うんだ。
ともかく、疲れが取れた感じがする。
そのまま良い気分で酒場に行く。
「いらっしゃいませー!」
シャロさんが出迎えてくれる。
「ふふ、店で会うのとはまた違って新鮮ですね」
「そ、そうだね」
と、少しばかり雑談をしていると……。
「お?」
昼間の商人と炭鉱夫がそれぞれ俺の顔を見て手を振っている。
酒場の奥では冒険者達が思い思い酒を飲んだり食事を楽しんでいる様だ。
「なんだ? 飯でも食いに来たか? おーい、酒ー!」
「はーいただいまー! ではゆっくりとして居て下さいね」
シャロさんが頷いて厨房の方へ行く。
肉屋のツケで飯が食えるって良いね。
ちょっと割高なのを頼んじゃおうかな?
いや、後継者は嫌だ。ここは謙虚にしておいた方が良いかな?
安めである日替わりディナーを注文した。
注文してから割と早く運ばれてくる。
「今日は大変だったんじゃないか?」
「まあ……」
解体作業に追われて散々だった。
契約の試し切りに出かけただけのはずなのにな。
それが気が付いたら賞金首討伐とか……どんだけ。
「あの量を三人でやってんだから大変だっただろう」
「そうですね。しかし……どうしてこんな事に? 被害とかは無かったんですか?」
確か村の馬鹿とやらが魔物の巣を刺激したとか言っていた覚えがある。
魔物の生態に詳しく無い人が誤って何かしてしまった、とかだと良いんだけど。
「幸いな事に怪我人は出たけど死者は出なかった。結果的に巣のボスが倒されたお陰だって話だぜ」
「村にいる冒険者や炭鉱近隣で働いている奴等のお陰だ。俺達も運が悪かったって所だし……」
「武器が壊れたのは痛かったな。比較的安全だと思って準備を怠っていたのが痛手だ」
ふむ……危険な魔物のいる場所じゃない所に重装備で行くなんて事はしないか。正確には蜂の巣をつつくような真似をした馬鹿の所為だったっけ?
その所為で準備不足になったって事だろう。
そもそも魔石を内包している魔物を持ってくる奴は少なかった。
ボス以外は雑魚の集まりだった……と言う事か。
とはいえ、この規模の村からすれば事件であるのは確かだった訳で。
怪我人は回復魔法とか薬で治療したらしいけど。
「えーっとな、事の理由は……」
という所でバンと音を立てて酒場の中へ、偉そうな態度で誰か入ってきた。
するとピタリと音の方に酒場内の連中の視線が集まり、静かになった。
なんか嫌な予感がするな。
「ふん。今日のにぎわいは俺のお陰だというのに随分な態度であるな」
茶髪の身なりの良さそうな格好をした18歳くらいの男性が腕を組みながら仲間を引き連れて言った。
面倒そうな奴だな。
出来れば関わり合いになりたくないタイプだ。
俺をイジメていた、某警察で厄介になっている野村に雰囲気が似ている気がする。
「俺の輝かしい活躍で、活気が良くなっている事を忘れるなよ。今日の稼ぎは本来、全て俺に還元する物なんだからな」
酒場内の空気が一瞬にしてピリピリとした物へと変わって行くのが伝わってくる。
一緒に飲んでいる商人と炭鉱夫も今すぐにでもキレそうな顔だ。
シャロさんも心なしか笑顔が硬直している様な気もする。
「ふざけるなよ。お前が魔物の巣を刺激した所為で炭鉱はパニックになったんだぞ」
「は? 何を言っている。魔物が増え過ぎていたのが原因だ。俺の所為ではない! 賞金首もいたと聞くぞ! そろそろ掃除をしなければ行けない時だったのだ」
限界を迎えた一人が指摘すると即座に男はそう返した。
うん、わかる。
例の馬鹿ってコイツの事だ。
「ふん。お前! 今回は許してやるがこれ以上、下手な因縁をつけるようなら、明日から村の役場で依頼を受けられると思うなよ。いや、村の施設を使えなくしてやる。ここがどんな場所か分かっているな?」
「く……」
「ワガママはいい加減にする事だな」
なんだコイツ? コイツにどんな権力がある訳?
俺が首を傾げて見ていると炭鉱夫が俺の耳元で囁く。
「アイツは領主様の放蕩息子でな。問題ばっかり起こす奴なんだ」
「領主様はそれはもう有能な方であるのだが、どうも息子の方は……やりたい放題していてな」
「村に活気があるのは領主様のお陰だが……な。ギルドの方も面倒を避けたいらしく、言いなりに近い」
そんなのサッサと勘当でも何でもすれば良いんじゃないかと思うけど、そこは親の欲目って奴なのかね。
魔物の巣を刺激したって言っても対処できる程度の軽犯罪って事か……。
ヘルロードキャタピラーも本来は冒険者や国の兵士が早々に討伐しなきゃいけない相手だった訳で、強く指摘できない……か。
ともかく、立場が立場なら揉み消せるレベルの事件なのかもしれない。
徐々に大きくなるかもしれない魔物の巣を早めに処理するのも一理がある分、文句も言い辛いって事だろう。
雑魚魔物の巣程度は刺激しなきゃなんともないはずなんだけどな……。
「領主様も若かりし頃はやんちゃをしていたって話だし、大目に見てるんだろう」
「限度って物があるんだけどねー」
村の情勢を同情したくなるね。
しかし……俺はコイツを初めて見るぞ。
まあ、俺は村に来て日が浅いし、せわしなく動いているから会わなかっただけなんだろうけど。
「ん? お前は」
なんかそのバカ息子とやらが俺を見ている。
あー……なんか覚えがある。中藤洋の記憶にあるぞ。
つまりだ。この面倒そうな展開は苛められる時の空気に似ている。
「最近、俺の村に住み着いた家無しではないか。金も何もかも盗賊に身ぐるみを剥がされたんだって? 冒険者崩れも良い所だな。ホラ、お前等笑え!」
「「「あははははは!」」」
言わされてる感ハンパナイな、おい。
思わず一緒になって笑いたくなったぞ。
「無一文の金なしがここに何の用だ?」
「無銭飲食は犯罪だぜ?」
「役場に突き出してやろうかー?」
などと取り巻きが騒ぎ出す。
やがてバカ息子は扇動しておきながら静かにするようにキザったらしく両手を上げて、取り巻きを黙らせる。
「やめてください!」
シャロさんが俺を庇うように前に出てバカ息子へ制する様に言い放つ。
「ヒロさんの悪口は私が許しませんよ! それにヒロさんはムーン――」
やば! これは言わせる訳にはいかない。
こういう奴が金の話を聞くと面倒なんだ。
「シャロさん」
制止しておく。
するとシャロさんは俺が止めた意味を理解して頷いてくれた。
「これはこれは、シャルロット嬢。貴方のそこの浮浪者にまで優しい言葉を掛ける様ですが、どこの者ともわからない輩なのですよ? 貴方が汚れます」
キザっぽい態度でバカ息子はシャロさん……本名シャルロットって言うのね。
の、手を握って口づけをしようとして手を跳ねのけられる。
どうやら嫌われているらしいな。
「おやおや……まあ、良いでしょう」
シャロさんの態度を気にも留めず、無視するかの様に視線を向けて来た。




