10 人体実験
カガラは青毛狼のアオにくわえられ、街道から少し離れた草原に運ばれていた。
「さて、まずは・・・消毒ですね」
かばんの中から取り出した本をぱらぱらとめくっていたラトは、そう言うや否や紫色の木の実をカガラの上で握りつぶした。果汁があふれ出て、傷にふりかかる。
「あ・・・あがああああああっ!!」
血を失い意識が薄れかかっていたカガラは、その痛みのあまり覚醒し、絶叫した。
「痛いですか?でも我慢です!これはサヴィの実ですよ。軽い毒性があって、食べると危険ですが・・・このように消毒に使えるとのことです。毒があるのに消毒に使えるなんて、おもしろいですよね!父が教えてくれた、大昔の人の偉大なる知恵です!」
「ぐ・・・あああああ・・・・!!」
絶叫など気にも留めず、ラトはカガラの腹に開いた穴の中に、水色の葉を詰め込んでいく。傷と触れた水色の葉が淡く光を発し始める。
「そしてこれはレカン草。レカン草はご存じですね?体内の魔力に反応し、傷を癒す薬草です」
「は・・・は・・・ああああああああああああ・・・!」
「効果が切れたらすぐに取り換えます。何しろ、腐るほど採ってあるので。遠慮する必要はありません!大量出血しているあなたには、出血大サービスです!・・・あはは!今のおもしろくないですか?持ちネタにしよう」
「がああああああああああ・・・!」
にこにこ笑いながら冗談を言うラトだが、カガラは痛みでそれどころではない。ラトにとってこれは、父から教わった知識をもとに手持ちの薬草と技術でカガラの命を救うために行っている治療行為だが、自分の体に何をされているかよくわかっていないカガラにとっては、地獄のような拷問である。
ひとしきり叫んだ後、その痛みと恐怖から、カガラは意識を失った。
「・・・あら、あら、あら。気絶しちゃいました?・・・まぁ、静かな方がやりやすくて良いよね」
ラトは特に気遣う様子もなく、カガラの傷口を見つめる。発光が薄れてきたレカン草の葉はつまみ取り、すぐに新しいものに取り換える。腹から背中を貫いていた穴は徐々にふさがりつつあった。だが・・・。
(・・・傷の治りが遅くなってきた・・・)
レカン草による治癒効果が薄れてきていた。ラトは念の為、父の形見の一つである『薬草の使用~基礎と応用』をパラパラとめくり、知識を確認する。そして原因を確信した。
(間違いない、魔力切れだ)
レカン草は患者本人の魔力を、いわば無理やりにでも治癒力に換え、傷を癒す効果がある。大量に使用すれば当然患者の魔力は失われ、治癒効果も薄くなるというわけだ。レカン草の「魔力の治癒力への変換効率」はそれほど高くなく、他種の高級薬草に比べると、患者の魔力を無駄に消費してしまう。それが故にレカン草は大怪我の治療には用いられないことが多い。
カガラは魔術師ではない。一般人だ。もともと魔力を多く持っているわけでもなければ、鍛えて増やしているわけでもない。このままでは、傷を完全に癒す事はできず、この治療は失敗するだろう。
しかし、ラトは赤い瞳を爛々と輝かせ、笑顔をさらに深めた。
(・・・いよいよアレを、試す時が来た!!)
鼻息荒くラトがかばんから取り出したのは、ドロリと赤黒い液体を詰めた瓶である。
その正体はマヤリス草という薬草をすりつぶし、水に溶かして作ったラトオリジナルのポーションである。マヤリス草には魔力の回復効果があるとされており、レカン草とは比べ物にならないほど希少な薬草である。ラトは2日前の探索時にこの薬草を見つけたが、現物をみるのはその時が初めてだった。
(・・・効果がありますように!)
ラトはわくわくどきどきと無責任に高鳴る胸の鼓動を感じながら、獣の生き血を絞り取ったような液体をカガラの口に流し込む。
野兎や自分自身の体で試し、毒が無い事は確認済みだが、その時の実験では魔力の回復効果まで確認することはできなかった。ラトは魔術師ではないのだ。体内の残存魔力の変化など、わかるはずもなかった。
つまり、今彼女の目の前に横たわる無精ひげの男は、治療行為という名の人体実験を行うための、体の良いサンプルでもあったのだ。
・・・マヤリスポーションをカガラに飲み込ませてから数分後、傷口の治癒が再び進み始めた。ラトは満足してうなずき、効き目の薄くなったレカン草の葉を取り換える。
治療開始から5時間後。街道を覆っていたもやはすっかりと晴れ、太陽は真上からカガラを照らしていた。
青い草の香りをのせたそよ風に頬をなでられ、彼は目を覚ました。
・・・思わず起き上がり、腹の傷を見る。そしてぺたぺたと触り、確認する。
服には穴が開いており、その周りにはどす黒い血の染みが広がっている。それにも関わらず・・・彼の腹には傷一つ残っていなかった。
薬師ラトの人体実験・・・もとい治療は、成功したのだ。




