45 シイの怒り ①
レイティン殿下はまだ私に何か言いたげだったけれど、シイちゃんが彼に腹痛を起こしてくれたので、お手洗いに駆け込んでいった。その間に私たちは薬と共に馬車に乗り込んだ。
「嬢ちゃん、一体どういうことなんだ?」
シモンズはいまいち状況を把握できていないらしく、馬車が走り出すと眉間にシワを寄せて聞いてきた。
「私は薬師だから、薬が不足していると聞いたら、薬を持ってその場所に行こうとするわよね?」
「まあ、薬はあるに越したことはないって言ってたしな。足りなくなったなら余計に早く持っていこうとするだろう」
「それがフラル王国とハピパル王国の国境沿いだった場合、何が考えられる?」
シモンズは私の言いたいことを理解してくれたらしく、眉間のシワを深くした。
「嬢ちゃんを小競り合いに巻き込まれたように見せかけて、フラル王国に連れ込む気か。そんな卑劣なことをするために巻き込まれている人間をなんだと思ってんだ」
「他人のことなんて考えていないわよ。レイティン殿下は私をほしがってる。最初はエレスティーナ様も私をほしがっていたけど、今はリディアスのことがほしいみたい。二人はそれで話をつけたのかもしれない」
「それならどうして、自分から計画をバラすようなことをしてきたんだ?」
「……怖くなったのかもね」
私はシイちゃんをポーチから取り出して、撫でながら答えた。
「なんでシイを怖がるんだ?」
シイちゃんの正体を知らないシモンズは不思議そうな顔をしたけれど、今まで私の周りでは不思議なことが起こっているので、一人で納得する。
「まあ、こいつは変わった石だし、不思議な力を持っていてもおかしくないか」
「そういうこと。詳しく話せないのは申し訳ないけど、シイちゃんが普通の石ではないことは確かよ」
肯定するようにシイちゃんがキラキラと光ったので、シモンズは苦笑する。
「シイが味方だと心強いな」
「そうよ。とっても頼りになるんだから」
胸を張って頷いてから、話題を作った薬をどうするかに変更した。
「宿舎に預けていくつもりだけど、現地に持っていったほうがいいのかしら」
「フラル王国側がどうやってミリルを拉致しようとしているかはわからないが、行かないほうがいいだろう」
「なら、もう帰ったほうがいいわよね?」
リディアスとゆっくり話せなかったことは残念だけど、拉致されてしまっては意味がない。
……あ、でも、シイちゃんがいるし大丈夫かしら。
「小競り合いのきっかけを作ったのが、ライティン殿下とエレスティーナ殿下だと言うのなら、一度当主様に報告したほうがいいかもしれない」
「そうね。でも、お父様は今晩、宿舎に帰ってくると思う?」
「難しいだろうな。とりあえず、宿舎に寄ってみるか。で、伝言を頼めばいい」
「わかった。そうするわ」
宿に向かってもらっていたが、急遽、行き先を変更してもらい、私たちはお父様たちが使っている宿舎に向かった。
やはり、お父様たちはまだ帰ってきていなかったので、受付の人に父が帰ってきたら連絡がほしいと伝えて、宿に戻った。
その日の晩になっても、お父様から連絡は来なかったが、次の日の朝、宿屋にリディアスが訪ねて来てくれたのだった。




