39 薬師として ①
シイちゃんが何か言いたそうにしているので、私は少しの間だけ、リディアスの部屋を借りて、シイちゃんと話をすることにした。
「リディアス、あなたはもう行って。それから、少しだけ部屋を借りたいの」
「部屋を使うのはかまわないが、一人で大丈夫か?」
「子供じゃないんだから大丈夫よ。よく知らない場所だけど、自分一人で宿に帰ることくらいできるわ。だけどもし、シモンズに会ったら食堂で待っていてほしいと伝えてほしいの」
「わかった」
リディアスは頷くと、シイちゃんを人差し指で優しく撫でる。
「また後でな」
シイちゃんは返事をするように、私の手の上でぴょんぴょんと飛び跳ねた。部屋を出る時には鍵を締め、鍵はフロントに預けておいてほしいと私に伝えてから、リディアスは部屋を出ていった。
久しぶりのリディアスとの時間はゆっくりする間もなく終わってしまった。残念ではあるけれど、ここまで来た目的は果たせたので良かった。ただ、私が来た途端、膠着状態だった両国が動くというのも、タイミングが悪すぎる気がした。
シイちゃんが急かすので、急いでベッドの上に紙を置くと、シイちゃんは自分で紙の上に飛び乗りコロコロと転がる。
『コンカイノケンハ、エレスティーナト、レイティンガ、カランデイルトオモウ』
「レイティン?」
一瞬、誰のことかと思ったが、さすがにすぐに思い出した。
「ああ、フラル王国の第二王子殿下のことね。大人しくしていると思ったらそうでもなかったってこと?」
『エレスティーナト、ツナガッテイルコトハ、マチガイナイカラネ。タダ、エレスティーナノモクテキハ、イママデトチガッテキテイルカモシレナイ』
「目的が違ってきているってどういうこと? 私をロードブル王国に呼ぶことは諦めたの?」
『ソウカモ』
「それはありがたいけど、じゃあ、どうしてリディアスに近づくのかしら」
自分で口にしてみたけど、なんとなく理由はわかった気がした。口に出さない私の代わりに、シイちゃんが転がって伝えてくれる。
『エレスティーナハ、リディアスヲ、ジブンノモノニシヨウトシテルンジャナイカナ』
「やっぱり!?」
さっき、リディアスと話をしていたエレスティーナ様を見た時、密かに感じていたのだ。彼女の目は、今まで何度も見てきたことのある、リディアスに恋する女性のものと同じものだと。
『キヅイテタノ?』
「目は口程に物を言うって言うもの」
『ソウダネ。ミリルモイツモ、オイシソウナタベモノガアッタラ、ズットミテルモンネ』
「うう。それは間違ってないけど、何か違うというか……」
私はまだ恋より食欲なんだろうか。いやいや、そんなことはないわ。というか、こんな話をしている場合ではない。
「この話の続きは宿に帰ってからにしましょう。それよりも、ケガ人が出ていないかが心配だわ。私にできることをしましょう」
『ソレハヨイコトナンダケド、イマイルバショハ、ハピパルオウコクノコッキョウニチカイケド、ダイジョウブ?』
「大丈夫ってどういうこと? 身分証なら持ってきているわよ」
各国を行き来するには検問所があり、そこで身分証を見せなければならない。念のために持ってきておいて本当に良かった。
……と、ここまで来て、大事なことを思い出した。
「私、フラル王国には絶対に戻らないって決めてたんだった」
『ダヨネ。ダカラミリルハ、ショクドウノカマヲヒトツカリテ、オクスリヲツクッタラドウ?』
「そうするわ! ありがとう、シイちゃん!」
私の薬師としての考え方はコニファー先生と同じだ。お医者様にはなれないけれど、人を少しでも多く救いたい。
「正体がバレないように気をつけつつ、他の薬師が作った薬よりも効きがいい薬を作る!」
私は宣言すると、シイちゃんと紙をポーチの中に入れ、鍵を締めてから食堂に向かったのだった。




