38 王子と王女の企み
リディアスに手を引かれて歩いていると、私たちだけが人の流れに逆流していることに気がついた。食べ物のいい匂いも漂ってくるし、今は朝食の時間帯らしい。
「突然現れた私が言うのもなんだけど、リディアス、あなた食事するために食堂に来てたんじゃないの?」
「そうだけど、ここじゃゆっくり話せねぇだろ。それに、そのポーチの中にはシイがいるんだろ?」
「うん。シイちゃんがリディアスやお父様に会いたいって言って、私の背中を押してくれたの」
「背中を押してくれた?」
「そうよ。確認したいことがあるんだけど、リディアス、あなた、浮気してるの?」
単刀直入に聞いてみると、リディアスは目を瞬かせる。
「今、なんて?」
「あなたは浮気をしていますかって聞いたの」
「再会してすぐの質問がそれかよ。浮気なんてしてない。そんな人間だったら、もっと前にお前のことは忘れて違う人と婚約してる」
「うん。ですよね」
信じていたしわかってはいたけど、やっぱり本人の口から聞くと安心する。嘘をついているかどうかは、目を見ればわかるもの。
モヤモヤしていたけれど、薬を持ってきたから迷惑じゃないと言ってもらえたし、ここに来て本当に良かった。
「どれくらいここにいるつもりなんだ?」
「邪魔をしちゃいけないし、明日か明後日には帰るつもりよ」
「そうか」
食堂がある建物と、リディアスたちが今住んでいる寮は渡り廊下で繋がっていた。貴族しか泊まっていない寮なので、壁には絵が飾られていたりして、高級宿屋のように内装は綺麗だ。騎士以下の人たちの寮はもっと質素なものだと、リディアスは教えてくれた。
リディアスの部屋は3階でこの建物の最上階になる。お父様の部屋は隣だということだ。部屋の中にはシングルベッドに安楽椅子、書き物机があるくらいでロビーに比べれば落ち着いてはいるが、家具の一つ一つが高級そうだ。
部屋に入って扉を閉めると、リディアスがいきなり後ろから私を抱きしめてきた。
「リ、リディアス!?」
「久しぶりだから、これくらいいいだろ」
「え? あ、ひ、久しぶりだったら、これくらいするものなの?」
「恋人同士ならな」
「えっと、じゃあ、うん。それなら、いいよ」
ドキドキしながら頷いた私だったが、シイちゃんがポーチの中で暴れ出したので、リディアスに伝える。
「リディアス、シイちゃんが自分もいるのにって怒ってるわ」
「悪い悪い」
リディアスは身を離すと、私がシイちゃんをポーチから取り出すのを待つ。シイちゃんを私の手のひらの上に乗せると、リディアスの胸めがけて飛び上がった。
「シイ、久しぶり。元気そうで良かった」
リディアスがシイちゃんを受け止めて、指で撫でると、嬉しそうにキラキラと光った。
「手紙が来ないから、お母様も心配してたわよ」
「悪かった。何だかんだとやることがあったんだ。手紙を書くから帰る時に持って帰ってほしい」
「わかった」
「そこにでも座ってくれ」
ベッドに座るように促されたので、腰を下ろした時、急に部屋の外が騒がしくなった。
「なんだ?」
リディアスが眉根を寄せて呟き、シイちゃんを私に返す。そして、扉を開けて廊下に顔を出すと、足音が近づいてきて、リディアスの部屋の前で止まった。
「大変です! フラル王国とドーラ王国の兵士が戦闘の準備を始めました!」
「何だって?」
話が聞こえてしまった以上、私もここでゆっくりしていられない。シイちゃんをポーチに入れて立ち上がる。
「リディアス、私たちのことはかまわずに行ってきて! 私は私で動くようにするから」
「……わかった。とりあえず、シモンズのいる所に連れていく」
「ありがとう」
せっかくの再会は思った以上にゆっくりできなかった。それは仕方のないことだ。
でも、どうしてこのタイミングで、2か国が動き出したのかしら。




