36 焦る恋人 ②
大勢の人がいる食堂内で、ひときわ目立っていたのが、リディアスとエレスティーナ様だった。
エレスティーナ様が美人だとは聞いていたが、目の当たりにすると予想以上に美しく感じた。金色のつやつやのストレートの髪にエメラルドグリーンの瞳。私よりも痩せているのに胸は大きく、儚げであり色気もある。
「タイミングが悪すぎるだろ」
後ろに立っているシモンズの声が聞こえて振り返ると、彼はこの状況を楽しんでいるような顔をしていた。
気にする人もいるかもしれないが、私の場合は恋人が異性と談笑しているくらいなら特に気にしない……のだが、普段は見せることのない優しい表情を、リディアスがエレスティーナ様に見せていたことが衝撃だった。
「あれは嬢ちゃんの話をしている時の顔だな」
「嬢ちゃんって私よね? どうしてわかるの?」
「だから、あいつがあんな顔する時は、嬢ちゃんの話をしてる時なんだよ」
実際にそうなのかはわからない。どうしようか迷ってお父様に話しかける。
「声をかけても良いか迷うんですが、どうしたらいいでしょうか」
「王女殿下と離れてからのほうがいいかもしれない。それからミリル、シロウズの言う通り、リディアスがああいう顔をしている時は、大体、お前の話をしている時だ」
どちらへのフォローなのかわからないが、お父様はそう言うと、私の背中を押した。
「知り合いがいるはずだ。まずは彼らに話しかけておいで」
「は、はい」
ざわざわと騒がしい食堂内に足を踏み入れる。年齢層は幅広いが男性ばかりで、私に気がついた人は驚いた顔をして私を凝視している。
リディアスたちには近づかず、知り合いがいないか探していると、国境警備隊に勤めている人や辺境伯家の騎士が近寄ってきて私の名を呼ぼうとした。
慌てて「しーっ」と声を出して、自分の人差し指に口を当てると、みんな黙って近寄ってきてくれた。
「どうして、こんな所にミリルがいるんだ?」
「もしかして視察に来られたんですか?」
「ごめんね。まだ、リディアスにバレたくないの。小さな声で話をしてもらってもいい?」
私が身を縮こませたからか、集まってくれた人たちは私を囲んで、リディアスだけでなく他の人からも見えないようにしてくれた。
国境警備隊の人は私が幼い頃から知っている人なので、私に敬語は使わないが、騎士にとって私は雇い主の娘なので敬語を使ってくる。
「もしかして、リディアス様にサプライズしに来たのか?」
「そうなんだけど、みんなに会えて嬉しい。元気にしてた? 怪我はない?」
「僕たちは安全な地域にいますし、今は膠着状態なんですよ。だから、怪我をしている人はいません」
「それなら良かった」
私が微笑んだ時、リディアスの声が聞こえた。
「師匠がどうしてここにいるんだよ?」
シロウズは体が大きいから見つかってしまったみたいだ。
「あー、誰かさんが浮気をしていたらぶん殴るために来たんだ」
「誰かさんって誰だよ」
苦笑しながら、リディアスが私たちの横を通り過ぎようとした時、謎の円陣に気がついた。
「こんなところで固まって何してるんだ?」
「何かといいますと……」
騎士が苦笑すると、リディアスに付いてきていたエレスティーナ様と目が合った。挨拶をしなければならないと口を開きかけた時、エレスティーナ様がリディアスの腕を掴んで伝える。
「女性がいるわ。とても可愛らしい子よ」
「俺は興味ないんで」
「あら、本当にいいの?」
エレスティーナ様は私を見てくすりと笑うと、リディアスと共に歩き出そうとしたが、なぜかリディアスが足を止めた。
「……頭しか見えなかったけど」
リディアスの呟きが聞こえたので、私はアピールするために、シイちゃんのようにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「久しぶりね、リディアス!」
「ミ、ミ、ミリル!?」
リディアスは円陣の中に割って入ってくると、信じられないと言わんばかりの顔で、私を見つめたのだった。




