9 第三王女の恋 ② (シエッタ視点)
社交界に復帰してから一年近く経つけれど、なかなか、わたしの好みの男性は見つからなかった。見た目が良いから話をしてみたら、へらへらしていたり頼りなかったりで、どうしてもイライラしてしまう。
今日のパーティーは他国の若い男性も集めていると聞いたけど、わたしの目を引く男性はいない。今日も駄目なのかと諦めかけていたら、熱い視線を感じた。
こんなことは慣れっこなのだけれど、一応振り返ってみると、整った顔立ちの若い男性がわたしを見つめていた。
うーん。悪くはないけれど、好みのタイプじゃないわね。
そう思った瞬間、彼の隣にいる男性が目に入り、声にならない声をあげた。
見つけたわ! わたしの王子様!
私が目を付けた男性は、美形だしスタイルも良い。気が強そうで少し悪びれた感じが、わたしにはたまらなかった。
「決めたわ!」
後ろに控えていた侍女にそう言うと、彼女の返事は待たずに歩き出し、彼に近寄っていくと、好みではないほうの男性が声を上げる。
「リ、リディアスさん! 彼女が、こ、こっちに来ましたよ!」
リディアスという名前なのね。姓はなんというのかしら。あまり見ない顔だから、きっと他国の人間なのでしょう。
「そこのあなた! わたしの婚約者になる気はない?」
声をかけたのに、リディアスは私を見ようともしない。代わりに関係のない男性のほうが「は、はい!」と元気よく返事をした。
「あなたじゃないわ。そっちのあなたよ!」
そこでやっと、彼はわたしに目を向けた。
ほら、わたしと目を合わせなさい。わたしに上目遣いで見つめられたら、どんな男だって引っかかるのよ。
「お断りさせていただきます」
リディアスは触れようとしたわたしの手から逃れ、眉間にシワを寄せて言った。
え?
なんですって? お断りって言葉が聞こえたんだけど、何かの間違いよね。
「……今、なんと言ったの?」
「お断りさせていただきますと言いました」
「はあ?」
呆然としていると、リディアスは主催の辺境伯令息に声をかける。
「悪いけど、今日はもう帰らせてもらう」
「あ、ああ。そのほうが良いだろう。気をつけて帰ってくれ。また、改めて話をしよう」
「早くに抜けてしまって悪いな。詫びの品を送るよ。その時にこちらの都合の良い日時を書いた手紙も同送する」
「詫びの品は気にしなくていいけど、手紙は待っているよ。あと、今回の件はハピパル王国の王家にも連絡しておいてほしい」
「わかった。では、失礼します」
わたしが何も言えないでいる内に、二人は話を進めていき、リディアスはわたしに一礼して背を向ける。
「シエッタ殿下、引き続きパーティーをお楽しみください」
辺境伯令息はそう言って一礼すると、逃げるようにこの場を離れていった。
ど、どういうことなの⁉
「待って! さっきの彼は一体誰なの⁉」
辺境伯令息に問いかけた時、リディアスの横に立っていた男性が話しかけてくる。
「あ、あの、僕は、あの人が誰か知っています」
「教えなさい」
話しかけて来た相手が誰だかわからないけれど、そんなことはどうでも良かった。すると、男性はなぜかもじもじしてわたしを見つめる。
「そのかわり、僕のことを好きになってもらえますか?」
この男は何を馬鹿なことを言っているのかしら。
「どうして、あなたを好きにならないといけないの? 私は王女なのよ? あの人が誰かくらい、あなたに教えてもらわなくたって他の人に聞けばわかるの」
「そ、そうですよね! あ、あの、僕にお手伝いをさせてください!」
「手伝う?」
「はい! 僕は彼の妹の婚約者なんです! 彼は妹を溺愛していることで有名です。妹を使って、彼をあなたのものにしましょう!」
この人、どうしてわたしの力になりたがるのかしら。まあいいわ。リディアスはどうしてもわたしのものにしたいもの。
これから先は、あまり人に聞かれたくない話ね。
「場所を移動しましょう。わたしに手を貸す、あなたのメリットも聞きたいことだし」
「はい!」
男性は飛び跳ねて頷くと、後方にいた妖艶な女性に話しかける。
「ママ! いいよね?」
「ええ。フラル王国の王家の方と関わることができるなんて、とても有難いことですから、断る理由はないわ」
ママと呼ばれた女性の目がきらりと光った気がした。




