35 焦る恋人 ①
お父様と色々と話をした中で、どうしてリディアスが浮気をしているという噂を流しているのかという話になった。
「何かメリットがあるからそんな噂を流してるんだろうが、ミリルとリディアスの仲を引き裂きたいなら、リディアスには秘密にしていても、お前には知らせようとするはずだ」
「そうですよね。他の人たちが知っていても、私が知らなければ別れる別れないの話にもならないはずです」
頷いて首を傾げると、テーブルの上にいるシイちゃんが転がる。
『ウソヲゲンジツニスルツモリナノカモ』
「どういうこと?」
『フセキダヨ』
「ああ、そういうことか」
私はいまいち意味がわからなかった。だから、納得した様子のお父様を無言で見つめる。すると、シイちゃんの代わりに説明してくれる。
「周りから固めるつもりだったのかもしれない。多くの人はリディアスが浮気をしているとみんなが思っている。その噂にリディアスが気がついて彼女から離れようとしたら、浮気がバレて彼女を捨てたと思うようにするつもりかもしれない」
「責任を取らせるみたいなことですか? でも、相手は王女殿下です。そんなことをしたら自分も困るのでは?」
「絶対とは言えないが、最近のエレスティーナ様はリディアスに興味を持っているように見える」
「興味って……、恋愛対象的な感じですか?」
眉根を寄せて尋ねると、お父様は苦笑して頷く。
「こちらにやって来た時はそうでもなかったんだが、最近はエレスティーナ様のリディアスを見る目が違うと思い始めてきた。リディアスはまったく気づいていないようだがな」
「ぐぎぎぎぎ」
リディアスがモテることはわかっていたがここまでとは!
彼が悪いわけではないのだけど、恨みがましい変な声がでてしまった。
「おや、ミリル。嫉妬しているのか?」
「うう。そうと言われればそうなんですけど、何か違う感情も混じっている気がします」
「息子がモテるのは父としては嬉しいもんだが、ミリルのことを考えると複雑な気分だな」
モテるにも程がある! そうよ。彼女を心配させないのもいい男の条件だわ。それをリディアスに伝えておかなくちゃ。
「本当は私も喜ぶべきなのかもしれないですけど」
「そんなことはないだろう。とにかく自分の目で確かめてくれ。女性には女の勘というものがあるんだろう?」
お父様はお母様に何度か言われたことがあるみたいで、私の頭を撫でて笑う。
「私の女の勘は当たるかわかりませんけど」
「きっと当たるはずだ。それよりもミリル、一つ心配なことがある」
「なんでしょうか」
「エレスティーナ様はシイの価値を知っている。盗まれないようにだけ気をつけてくれ」
「……はい」
盗みなんてしないのは当たり前のことだ。でも、シイちゃんは王家の特別な石。それを知っているエレスティーナ様がほしがってもおかしくはない。
だけど、王女様が盗みなんてするもの? そんなことするわけないわよね。
そう考えたけれど、すぐにありえなくもないことだと意見を変えた。
「シイちゃんが何者かに盗まれた場合、それを取り戻したら、エレスティーナ様は私に恩が売れますもんね」
「そういうことだ」
『ソンナコトシヨウトシタラ、シイハヤッツケルケドネ』
頼もしい発言のシイちゃんに癒されたあとは、明日に備えて眠ることにしたのだった。
次の日の朝、シロウズとお父様と三人で朝食をとると、まずは東の辺境伯に挨拶に行った。東の辺境伯はお父様よりも少し年上で、無精髭を生やした豪快な大男といった感じの人だった。
萎縮せずに済んだのは、シロウズで慣れていたおかげだと思う。
見た目通りに荒々しい口調の人だが、根はとても優しく、私とお母様が血は繋がっていないことを知っているのに「母親に似て可愛い娘じゃないか」と褒めてくれた。
「お忙しい時に押しかけてしまって申し訳ございません」
「いや、薬をたくさん持ってきてくれただろう? 逆に来てくれて助かった。薬代は貴族でも高く感じるもんだし、あって困るもんじゃない」
東の辺境伯はにやりと笑みを浮かべて、話を続ける。
「まずは目的を果たしに行くか。今のところ、すぐに戦を始める雰囲気じゃないから。ゆっくり話をすればいい」
「ありがとうございます!」
こうして私は、久しぶりにリディアスの姿を見ることになったのだが、予想通りと言えば予想通りで、リディアスは「参りました!」と言いたくなるくらいの美女と談笑していたのだった。




