22 交換留学生 ②
ロードブル王国からやって来た交換留学生、パトリック・フラズ様は、約100日間私と同じクラスで一緒に学ぶことになった。
彼は公爵家の次男でゆくゆくは女王になる、エレスティーナ様の側近に選ばれると噂されている人物だそうだ。
パトリック様はエメラルドグリーンの瞳に金色のサラサラの長い髪を一つにまとめた美男子だ。温和そうな顔立ちのせいか、女性にも見えるが、長身痩躯という体格やスラックスという服装のおかげで男性だと判断することができる。
そんな彼を見て、周りの女子生徒がひそひそと話す声が聞こえてくる。
「とてもお美しくて素敵だわ」
「婚約者はいらっしゃるのかしら」
「あら。いらっしゃらなかったとしても、あなたが婚約者になるのは無理よ」
偉そうな口調で話に割って入ったのは、以前、シイちゃんの下敷きになった侯爵令嬢のルワナ様だ。最近までリディアスを好きだったから、彼女には婚約者はいない。婚約者募集中のようだけど、私たちくらいの年齢になると、婚約者がいる人ばかりで、いない人は子爵家以下か、伯爵家以上となると何か問題のある人が多い。
シイちゃんにお仕置きされてから大人しくはなったけれど、ルワナ様が良い例だ。
パトリック様は素敵だと思う。でも、人には好みというものがある。私はお父様やリディアスのようながさつ系が好みね。
……がさつは褒め言葉じゃないか。まあ、何にしても私は、クラスメイトの一人として歓迎すればいいのよ。
「気軽にパトリックと呼んでください。仲良くしてもらえるとすごく嬉しいです」
にこりと微笑んだパトリック様の美しさに、隣に立つ先生までもが目を細めたが、すぐに我に返ると、こほんと咳払いをして口を開く。
「しばらくの間は学級委員の二人が、フラズくんに色々と教えてあげてほしいの」
「もちろんですわ!」
教壇近くに座るルワナ様が勢いよく席を立ち、パトリック様にアピールする。
「学級委員の一人である、ルワナ・フェルスタッペと申します。ハピパル王国の侯爵家の娘ですわ!」
「そうなんだ。よろしくね」
パトリック様は笑顔で頷くと、先生に目を向けて話しかける。
「僕は薬師になるつもりなんです。ですから、同じ道を志す人と話をしたいのですが、誰かいらっしゃいますか?」
「薬師? それなら、ミリルさんが適任ね。彼女はあの有名なコニファー様の弟子なのよ」
「ああ! ミリルさんのお話なら僕も聞いています。コニファー先生の一番弟子として有名な方です! ぜひ、彼女と話をしてみたいです」
笑顔でパトリック様が言うと、先生やクラスメイトの視線が私に集まった。
わ、私は話すことはあまりないかなあ。
意地悪をするつもりはない。でも、目立つことをするのは嫌なんですよ。
ただでさえ、リディアスが婚約者になってから、女子生徒の一部から嫌われている。だから、タイプの違う素敵な男性とはできるだけ関わりたくない。
「あ、ああ……、その、コニファー先生がすごいだけなので、私と話をしても意味がないかと思います」
「そんなことはありません! ぜひとも仲良くしてください!」
目を輝かせて私を見つめるパトリック様を見て思う。
パトリック様がこの学園にやって来たのは、エレスティーナ様の命令なんだろうか。だから、私に近づこうとしているの?
警戒した私だったが、視界に入ったものに驚き、パトリック様に答えを返すのも忘れて、そちらを凝視する。
私の視線の先には、ハンカチを噛んで「きいぃぃっ!」と叫ぶルワナ様がいた。あまりにも悔しそうなので気の毒になり、私は苦笑して提案する。
「私は人見知りが激しいので、ルワナ様も一緒で良いでしょうか」
「もちろんよ!」
先生でもなくパトリック様でもなく、私を恨めしそうに見つめていたルワナ様が、ハンカチを噛むのをやめて、元気に返事をしたのだった。




