19 恋人からのお願い ②
リディアスの遠征が決まったのは、辺境伯になる日が来た時のために、今から経験を積んでおかなければならないという、我が家のしきたりからだった。
初めての遠征なので、お父様も一緒に行くらしいし、危険は少ないらしいのでホッとしたけど、長い間、二人に会えなくなるのは寂しい。
これでシイちゃんまでフラル王国に戻ってしまったら、お母様やコニファー先生たちが側にいてくれても、しばらくは暗い気持ちになるんだろうな。
リディアスから話を聞いた次の日の朝、学園が休みなので、薬を作るために建てられた平屋にやって来ていた。
私が薬師になったお祝いに、お父様が手配してくれていたもので、庭に大きな物置小屋を建てるのだと聞いていて建築が進められていた。
旅行から帰ってきた時には出来上がっており、お父様からプレゼントだと言われた時には本当に驚いた。
私にとって秘密の隠れ家のようなこの平屋は、木の匂いが優しく香る家でリラックスできる場所でもある。平屋の中には、薬を作るための部屋だけでなく、休憩や食事、仮眠のとれる部屋があり、お手洗いや湯浴みできる場所もあってとても便利だ。
最近の私は、ストレスや悩みを抱えると、薬を作ることで発散していた。どう発散するかというと、鍋で水と共に煮込んだ薬草をグルグルかき混ぜることによって、体力的に疲れさせるのだ。
ストレス発散といえども、負の感情で薬は作らない。笑顔で元気に、知らない誰かの幸せを祈って混ぜ続ける。
そうすると、どす黒い液体に変わり、いつもの倍以上の効果を発揮する。しかも、味は美味しいままだ。
庭で作っている時もそうだったけど、シイちゃんは近くで見守ってくれていて、今日も近くのテーブルの上にいる。誰かが近づいてきたら合図もしてくれるし、本当に助かっていた。それなのに、今日は違った。
「どうしてそんなことになるのか不思議だな」
「わあっ!」
シイちゃんが教えてくれていなかったことと、リディアスが気配を消していたから、彼が近づいてきていることに全く気づいていなかった。
リディアスに話しかけられた驚きで、持っていた木製の長い棒を手から放してしまう。
「危ねえな」
リディアスは片方の手で棒を受け止め、もう片方の手で私の肩に手を置くと、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫か? 驚かせて悪い」
「だ、大丈夫。ありがとう。それよりもどうしてここに?」
「メイドに聞いたら、ここだって言われたんだ」
「そうなんだ。何か用事?」
リディアスから棒を受け取り、グツグツ煮詰まっている液体を混ぜながら聞くと、彼は苦笑する。
「前に薬の作り方を教えてくれってお願いしただろ? 今からは駄目か?」
「い、いいけど。あなたは薬師じゃないんだから、戦場で人に売ったりするのは無理よ?」
「わかってる。自分に使うだけだしな。遠征には薬師も付いてきてくれるから、その人に確認してもらいながらやるよ」
「……そうなのね」
その薬師って若い女性とかじゃないよね。
気になってしまい、リディアスに尋ねようとした時、リディアスに「鍋を混ぜてみたい」と言われた。
「普通にスープを混ぜるのと一緒よ」
「コニファー先生が言うには、ミリルが混ぜるから薬が他の人と違うのかもしれないってさ。俺が混ぜたらどうなるか試してみたい」
「そんなこと、初めて聞いたわ」
素直にリディアスに棒を手渡すと、リディアスは鍋の中をかき混ぜ始めた。すると、鍋の中の液体の色が黒からピンクに変わった。
「ど、どうして?」
「これは元々、ピンク色の液体になるのか?」
「ううん。コニファー先生が作ったら、緑色の液体になってる」
「……じゃあ、これはどうしてなんだ?」
答えを求めるため、私とリディアスはシイちゃんに目を向けると、シイちゃんはまるで笑っているかのように、キラキラと輝いたのだった。




