10 旅行の行き先 ①
「こちらにおられたのですか!」
レイティン殿下の付き人が駆け寄ってきて、座り込んでいる殿下を呆れた目で見つめる。
「どうかされたのですか?」
「お腹が……、お腹が痛いんだ!」
「勝手に行動するからそうなるのです。それから、陛下がご立腹ですよ」
「そんなに僕が勝手に動くことが嫌なら、ちゃんと見張っておいてくれよ!」
あながち間違ってはいないけれど、殿下の場合は撒くほうが悪い。しかも他国で好き勝手やり過ぎだわ。
「痛い……、痛いよぅ」
ボロボロと涙を流し始めたレイティン殿下を、他の生徒たちは不思議そうな顔で視線を送るが、声はかけずに通り過ぎていく。
「さあ、殿下行きますよ」
付き人が話しかけると、騎士がレイティン殿下を担ぎ上げた。
「もっと丁寧に扱ってくれ! 本当に痛いんだ!」
わあわあ喚くレイティン殿下は無視して、付き人は私に頭を下げる。
「ミリル様、ご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした。また、あなたに接触しようとするのなら、ずっと腹痛の状態で過ごしてもらうと、陛下はきつくおっしゃっておられたのですが意味がなかったようです」
ずっと腹痛の状態って嫌ね。レイティン殿下の場合は体の異変での腹痛ではない。罰として与えられた痛みなら、私の薬で一時的に良くなってもまた痛くなるはずだ。
少しは懲りてくれたらいいんだけど……。
「あの、一応、少しだけ薬を持っているんです」
何かの時のためにと持っていた腹痛に効く薬を鞄から取り出して、付き人に手渡す。
「薬がもっとほしいのであれば、正式に父に連絡をくださいと伝えていただけますか? 今回と今までの分はサービスということにさせていただきます」
「承知いたしました。本当にありがとうございます。陛下にはそう伝えておきます」
付き人は深々とお辞儀をすると、連れられていったレイティン殿下を追いかけていった。
その日、学園から帰宅するとフラル王国の国王陛下から連絡が入っていると、お父様が教えてくれた。もうすぐ帰国の途につくけれど、レイティン殿下の非礼への詫びとして、シイちゃんをもうしばらく私の家に預けておいてくれるとのことだった。
レイティン殿下の行動は迷惑だったけれど、こんな形になったのなら許せる気がした。
「それにしても、レイティン殿下がウロウロするのはどうしてなのでしょうか」
「次男だからと甘やかしたのかもしれないな」
「もう15歳ならしてはいけないことくらい判断できるはずです」
あの人のせいでシイちゃんと一緒にいられなくなったんだもの。フラル王国の国王陛下が私に興味を持ち始めたのもあの人のせいよね!
プリプリしていると、お父様は苦笑する。
「わからないから馬鹿なことばかりしているんだろう」
「第二王子にならなくても公爵令息だったんですから、ちゃんと自覚すべきです」
「そのことについては正直に話して無礼だと言われても困るので、遠回しに伝えておくよ」
「お願いいたします」
頭を下げると、お父様は話題を変える。
「長い期間ではないが、シイがいる間に家族で旅行に出かけることにした」
「本当ですか!」
お父様は忙しい人なので、家族全員での旅行はしたことがない。シイちゃんもきっと喜んでくれる。
「二泊三日ほどで行けて、ミリルやシイが行ってみたいと思う所を教えてくれないか」
「承知しました!」
上機嫌で返事をすると、お父様は嬉しそうに笑ってくれた。
シイちゃんとお別れすることは今は考えないことにして、思い出作りをしなくっちゃ。
そうだ。今日はコニファー先生と薬を作る日だから、良い旅行先がないか聞いてみよう。
旅行の話のおかげで、レイティン殿下のことは、私の頭の中からはすっかり忘れ去られたのだった。




