1 ミリルの悩み事
シイちゃんが戻ってきてから、半年が経った。
この頃には兄と妹の関係を無事に卒業し、リディアスと呼ぶことにも慣れてきていた。
騎士隊長のシロウズからは、いまだにからかわれることもあるけれど「お父様に言って給金を半額にしてもらうわよ」と言うと黙ってくれる。
シロウズは「昔はそんなことを言わなかったのに」と嘆くけれど、それだけ大人になったということでしょう?
リディアスと私が正式に婚約したのは30日ほど前だが、発表されてからは一部の女子のやっかみが酷かった。兄と思っていた時は人気のある兄が誇らしかったけれど、婚約者という立場に変わってしまうと、まったく違う。モテているリディアスを見ていると、ちっとも面白くない。そして、これが嫉妬なのかと思うと、嫉妬をしてしまう自分も嫌になる。
ぼこぼこと泡を立てる薬草鍋を見つめながら、私が大きなため息を吐くと、コニファー先生が話しかけてきた。
「あらあら、大きなため息なんか吐いて、珍しいわねぇ。何かあったの?」
「何かあったかと言われると、あります」
「よかったら聞くわよぉ」
コニファー先生が鍋に入った綺麗な緑色の液体をかきまぜながら言った。ちなみに私と先生は今回も同じ薬草の配合で作ったはずだ。それなのに、コニファー先生は緑色でサラサラした感じだが、私が作ったものは紫色でドロドロしている。
第四王女ではなくなった今でも、シイちゃんが味方してくれているからか、私の作った飲み薬は美味しくて効果抜群だ。
「リディアスと婚約してから、一部の女子から学園で嫌がらせをされているんです」
「嫌がらせ? 馬鹿馬鹿しいわねえ。それはリディアス様に伝えたの?」
「いいえ。リディアスに頼りたくないんです」
「じゃあ、あなたのお父様に言いなさいな。悪いことをしているのは向こうなのだし、相手はあなたのお父様よりも格上ではないのでしょう?」
「お父様に言ったら『告げ口した』って言われそうで嫌なんです」
苛立ちをぶつけるように鍋の中身をぐるぐるかき回していると、コニファー先生は小首を傾げる。
「どうして告げ口をしてはいけないの? そんなことをしても意味がないというのならまだしも、あなたの場合は、相手が嫌がらせなんてできなくなると思うわよ?」
「だから嫌なんです。誰かに頼るということは自分では解決できないからだと言う人がいるじゃないですか。今回の件では負けたと思われるのが嫌なんです!」
「嫌がらせをしてくる時点で相手はあなたに負けているわよねぇ」
コニファー先生頬に手を当てて眉根を寄せた。
「そうでしょうか」
「そうだと思うわ。大体、告げ口しないと思っているほうがお馬鹿さんだと思うわ」
コニファー先生は頷いたあと、薬草鍋を指さす。
「もっとあなたは自分に自信を持ちなさい。毒薬にしか見えないのに、私が作ったものよりも効果を発揮するのよ。こんなすごいものを作れるのはあなたしかいないわ」
これって褒められているのかな? うん。きっと、褒められているはず。
「我慢することも悪くはないし、一人で頑張るのも良いけれど、リディアス様が無理でも、あなたのお父様に話をしておいたほうがいいと思うわ」
「……わかりました」
伝えるだけ伝えておいて、私に任せてくれと言えばいいのよね。
コニファー先生のアドバイスに納得し、私はその日の夕食時にリディアスや両親に話をすることを決めた。
「そうだわ、ミリル。飲み薬だけじゃなくて塗り薬にも挑戦してみない?」
「いいですね! 皮膚病や傷に効く薬を作りたいです! 他の薬もうまくいったら『ミリル印のとっても元気が出る薬』という商品名で販売したいです!」
「……あなた、商品開発する時のネーミングは他の人に任せたほうが良さそうねぇ」
ため息を吐くコニファー先生を見た私は、自分のネーミングセンスがそんなにひどいのかとショックを受けたのだった。




