26 ワガママな公爵令息
ある日の放課後、お兄様が教室まで迎えに来てくれるのを待っていると、ノンクード様から話しかけられた。
「必要以上に君に近づくなと言われていることはわかっている。でも、どうしてもお願いしたいことがあるんだ」
クラスメイトは私たちに好奇の視線を送ってきはしたものの、声をかけてきたりすることはなく教室を出ていく。キララでさえも私を置いていってしまった。
二人きりになりたくないから私も廊下に出ようかと思った時、お兄様が教室にやってきた。
「ミリル、帰るぞ」
眉根を寄せたお兄様を見て、ノンクード様は訴える。
「あの、少しだけ時間をもらえませんか。どうしても聞いてほしい話があるんです」
「どうして話を聞かなくちゃいけないんですか」
お兄様は私の鞄を手に取りながら、ノンクード様に尋ねた。
「僕は……っ、そのっ、限界なんです! シエッタ殿下に会いたくて会いたくて、本当に辛いんです! だから話を聞いてほしいんです!」
「それをミリルに言っても仕方がないでしょう。そんなに会いたいなら、フラル王国に移り住んではいかがです?」
「……移り住む?」
ノンクード様はお兄様を見つめて聞き返した。
「ええ。低位の爵位なら、フラル王国でも金で買えます。そこから実績を積んで位の高い爵位をもらえれば、シエッタ殿下と会うことも可能ではないですか」
「そんな! 会えるようになるまで、かなり時間がかかるじゃないですか! それに、ママ……、いや、母上をどうしたらいいんですか! 置いていけって言うんですか⁉」
お兄様は提案しただけで、そうしろだなんて一言も言ってないわ。この人は自分で考えることもできないのかしら。
「お兄様、話をしても無駄な気がします。帰りましょう」
「そうだな」
「待ってくれ!」
私の腕を掴もうとしたノンクード様の手を掴み、お兄様はノンクード様を睨みつける。
「ノンクード様、いい加減にしてください」
「そんな態度を取っていいと思っているのか! 僕は公爵令息なんだぞ!」
ノンクード様はお兄様の手を振り払い、敬語を使うことも忘れて叫ぶ。
「家に帰って、リディアスさんから無礼なことをされたと、ママと父上に話をしてやる!」
お母様のことはママで、お父様のことは父上なのね。この国ではお母様のことをママと呼ぶ貴族は子供以外に聞いたことがない。もし、いたとしても人前では母上と呼ぶでしょう。
お母様のことを好きなのは悪いことじゃないけど、人前でのママ呼びはやめたほうがいい気がする。
このことを伝えようか迷ったけれど、余計なお世話だしやめておく。
「お好きなように。困るのはあなただと思いますけどね」
お兄様は冷たく答えると、もう一度私を促す。
「帰るぞ」
「はい!」
元気よく返事をしたあと、ノンクード様のほうを振り返る。
「お兄様の言う通り、ビサイズ公爵閣下にその話をしたら困るのはあなただと思います。また、学園でお会いできるといいですね」
「えっ」
間抜けな声を上げたノンクード様に反応することもなく、私とお兄様は足早に教室を出た。
「ノンクード様は何が言いたかったんだ?」
「私にシエッタ殿下と友達になってくれって言いたかったんじゃないかしら」
「ああ、そういえばそうだったな」
シエッタ殿下は旅立つ前にノンクード様の所に行っている。その時に、どんな話をしたのかはビサイズ公爵閣下から聞いているのでわかっている。
シエッタ殿下がハピパル王国を出た日から、かなり時間を空けて私に話しかけてきたのは、切羽詰まった感じを出すためかもしれない。
「ノンクード様はビサイズ公爵に話をするだろうか」
「すると思うわ。だって、彼は自分のほうが悪いということに気づいていないんだもの」
シエッタ殿下のどこがいいのかわからないけれど、それは人の好みだから何も言うつもりはない。ただ、お兄様や私を巻き込もうとするのはやめてほしいわ。




