プロローグ
馬車の中で、しばらく沈黙が続いた。
しまった。パトリック様のことをやっぱり伝えていなかったんだわ! こんな大事なことを伝えていなかったなんて、リディアスに何を言われるかわからない。
いやまあ、悪いのは私だし、怒られても仕方がないんだけど!
肩を落とし、何と謝ろうか考えていると、リディアスが大きなため息を吐く。
「まあいい。久しぶりに会えたんだし、喧嘩はしたくない。家に帰ってから詳しく聞かせてくれ」
「ありがとう、リディアス。それから、報告できていなくて本当にごめんなさい」
私が頭を下げると、シイちゃんも一緒に謝ってくれているのか、膝の上でピョンピョン飛び跳ねた。
「彼との関係をちゃんと話してくれるならもういい」
そう言って、リディアスは私の左手を優しく握った。
リディアスが帰って来てくれたのは嬉しい。でも、エスクード様はリディアスが帰って来るまでシイちゃんを貸してくれると言っていた。
ということは、シイちゃんとのお別れの日は近いということだ。
リディアスはそのことを知らないけれど、シイちゃんは知っている。
もう帰らなくちゃと思っているのかな。
「どうした? 元気ねぇな。俺が帰ってきたのに嬉しくないのか?」
「嬉しいって言ってるじゃない。だけど、シイちゃんと一緒にいられるのは、リディアスが帰ってくるまでなの」
「……どういうことだ?」
「実は、エスクード様からこう言われていたの」
経緯を説明すると、リディアスはショックを受けた顔をして、私の手の中のシイちゃんを撫でる。
「帰ってくるんじゃなかったか?」
「どうして、そんなことを言うのよ!」
私が叫ぶと同時に、シイちゃんが手の中から飛び出して、リディアスの額に体当たりした。
「いってぇ!」
「リディアスが馬鹿なことを言うから、シイちゃんが怒ってるじゃない」
『ソウダソウダ』と言わんばかりに、シイちゃんが私の膝の上でピョンピョン飛び跳ねた。
「悪かったよ」
リディアスは少し赤くなった自分の額を撫でながら続ける。
「じゃあ、近いうちにフラル王国側からシイを返せと連絡があるってことか?」
「その前に、私たちのほうから言わないといけないでしょうね」
家族にだって別れはある。私の場合は、リディアスと結婚しても実家は変わらないけれど、多くの女性は実家から出て夫の家で暮らすことになる。
家族と離れ離れになっても、本当の家族なら絆が消えてしまうわけじゃない。それは私たちも同じことが言えるわよね。
「エスクード様に、たまにはシイちゃんと会わせてほしいって頼んでみるわ」
「レイティン殿下のこともあるし、きっと了承してくれるだろう」
リディアスと頷き合っていると、シイちゃんがポーチに体当たりするので、何か話したいのかなと思って紙を取り出した。
誰も座っていないスペースに紙を広げてシイちゃんを置くと、ころころと転がり始める。馬車が揺れるたびに変な方向に転がったりはしたけれど、シイちゃんが伝えてくれたのはこんな言葉だった。
『ミリルタチガピンチニナッタラ、フラルオウコクノオウケニハ、ナニモイワズニカッテニトンデイクヨ』
気持ちは嬉しいけれど、フラル王国側が気づいた時にパニックになりそうね。
「気持ちは嬉しいけれど、エスクード様には知らせていってね」
『ワカッタ』
こうして、シイちゃんとの別れを覚悟した私たちだったが、思いもよらない出来事が起き、事態は急変する。
馬車を降りて、エントランスホールに入った私たちのもとに、お父様とお母様が駆け寄ってきた。二人の切羽詰まった表情を見た私は、不安になって尋ねる。
「何かあったんですか?」
「ハピパル王国の国王陛下から連絡があった。二人に話したいことがあるから、このまま私の部屋まで来なさい」
「「承知しました」」
私とリディアスは声を揃え、急ぎ足で歩くお父様の後を追って部屋の中に入った。黒のソファに、リディアスと並んで座ると、お父様たちは向かい側に座り、早速話し始める。
「王家の石について連絡がきた」
「シイちゃんのことですか?」
一度、ポーチの中にしまっていたシイちゃんを取り出して尋ねると、お父様は首を横に振った。
「違う。エゲナ王国の王家の石だ」
「エゲナ王国?」
聞いたことのない国の名前だったので、思わず聞き返した。それと同時に、シイちゃんがびくりと体を動かした。
「エゲナ王国についてはあとで詳しい説明をしよう。本題に入るが、エゲナ王国の王家の石がロードブル王国に譲渡された」
「「王家の石を譲渡!?」」
私とリディアスは驚きの声を上げ、シイちゃんは大きく飛び跳ねた。
再開が遅くなり申し訳ございません。
不定期更新にはなりますが、更新していきますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです!
そして、コミックも始まっておりますので、よろしくお願いいたします!




