52 石を盗もうとする者 ①
エイブランとはハピパル王国で暮らし始めてからは、手紙でのやり取りが主で、顔を合わせたという記憶はない。幼い頃の記憶でしかないけれど、彼の顔は何度も見ていたので、かなり老けてはいるが、エイブラン本人だと確信できる。
訝しむ様子を見せたからか、エイブランは苦笑して話しかけてくる。
「あなたは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、以前、あなたのお父様にお世話になっていた者です」
あなたのお父様というのは、先代のフラル王国の国王のことだ。他の人に聞かれても、今のお父様だと誤解されてもいいような言い方にしたのだとわかった。
「そうでしたか。こちらこそ色々とお世話になりました」
彼と仲良くするつもりはないけれど、わざわざ敵に回す必要もない。エイブランには特に何かされたわけでもないけれど、幼い頃の嫌な思い出が蘇り胸の中が黒くなる気がした。ポーチ越しでシイちゃんに触れて気持ちを落ち着かせ、心を浄化する。
怪我の処置に戻ろうとすると、エイブランは苦笑する。
「あなたと話したいことがあるのです。少し、お時間いただくことは可能でしょうか」
「申し訳ございませんが、そのような時間はありません。今日はケガ人の手当てをするためにここに来ているのです。それから、レイティン殿下のこともありますので、個人的に話す気にならないのです。どうしても話がしたいのであれば、改めてご連絡いただけませんか」
相手は他国の宰相だ。辺境伯の令嬢が生意気な口を叩いてもいい相手ではない。私の手当てを受けていた兵士が心配そうに私を見つめていることに気づき、私はエイブランに笑いかける。
「このテント内で怪我をしているのは皆、あなたの国の兵士です。話をすることよりも手当を優先させるほうが良いと思いますが違いますか?」
「それは……、そうですね。あなたのおっしゃっていることは間違いありません。ただ、どうしても気になるので教えてください。レイティン殿下の件というのはどのようなことでしょうか」
「ここで話せるような内容ではありません。近い内に抗議が入るでしょう。もっと早くに知りたいと言うのであれば、本人に何をしたか確認なさったら良いかと思います」
「承知いたしました。すぐに確認いたします」
エイブランは深々と頭を下げると、ここから立ち去ろうとした。でも、すぐに足を止めて振り返る。
「あなたの耳にも入るかとは思いますが、今、王家にとって大事なものが何者かに狙われているようです」
「え?」
「どうぞ、ミリル様もお気をつけください」
エイブランは一礼すると、私が質問する前にさっさとテントから出ていってしまった。
王家にとって大事なものって、フラル王国でいえば、シイちゃんも当てはまるわよね。シイちゃんのことだから、盗まれても自分で帰ってこれるとは思うけど、フラル王国から借りている立場だから大事にしなくちゃ。
何があってもシイちゃんを守ろうと心に誓い、中断してしまった怪我の処置を再開することにした。




