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過保護は動かない



「あなたの家は医療や薬剤関連に伝手があるでしょう? よかったらこれの量産と販路の確保をお願いしたいの」


「ま、待ってくれ! それだと我が家の丸儲けになってしまう! 酷い濡れ衣を着せた私に温情をかけてもらった上、このような……さすがのオズワルド殿も顔を顰めるのでは?」



 まさか。そんな狭量な方ではない。

 マリアベルは振り返ってオズワルドを見た。彼は穏やかな顔でうん、と頷く。



「マリアベルの好きにすればいい」


「――ということらしいですわ。お優しい方ですもの」



 下手なところに流通を任せて後手後手に回っては時間のロスに繋がる。すべての者が魔法を使える世の中ではないが、それでも事故や負傷などで消えぬ火傷に悩まされている人も多いと聞く。

この奇跡を、マリアベルだけが享受するわけにはいかない。


 太いパイプを持ち、背後につくだけで信頼度が増し、素早く流通に乗せることができるのはマーガレットの後ろにいるランズリン公爵家の力を借りるのが一番だ。

 そして、もう一つ。



「ありが、とう……なんと、礼を言っていいか」


「礼は不要です。作り方はこちらの紙に、詳しい使用方法は……オズワルド様にお聞きになって。わたくしは魔法が使えませんから」



 そう言ってオズワルドとマーガレットを再度引き合わせる。続いて不自然にならないよう「ここでは少し騒がしいでしょうか?」と別室への誘導を行う。


 オズワルドの想い人はマーガレットではないかもしれない。だとすれば残された可能性は――、エインズ殿下の婚約者として名が挙がっていたのはマーガレットを除くとマリアベルのみ。

オズワルドが勘違いをしていてその事に最近気付いた。そう考えれば、もともと心配性だった彼の過保護欲がさらに増した理由もわかる。


 しかし身体の根から腐らせてしまうほど浴びせられ続けてきた呪詛のような声が耳の奥深くまでこびり付いている。「お前を好きになる者などいない」「醜い」「浅ましい子」「きっと勘違いよ、可哀想なお姉さま」くすくすと嘲笑うかのような両親と妹の声。

 振り払いたかった。遠くにやってしまいたかった。

 それなのに。


 ――どうしてわたくしは信じきれないの?


 オズワルドは素直で優しい方だ。マリアベルへの気遣いが嘘だとは思えない。だが、もしオズワルドがその気遣いでマーガレットに気のないふりをしていたとしたら。

 これは最後のチャンスなのだ。


 やさしい嘘だったとしても、せめて二人きりの時間を作ってあげたい。マリアベルの勘違いならばそれでもいい。何が本当で何が嘘かなんてどうでもいい。不安も、後ろめたさも、劣等感も、すべて箱に仕舞って明日からは胸を張って彼の妻に相応しくあろう。

 マリアベルはぎゅっと拳を握った。



「確かにここはうるさいな。別室の方が良いか。わかった。行こう。ほら、マリアベル」


「え?」



 当たり前のように手を差し伸べてくるオズワルドに、マリアベルはぱちぱちと目を瞬かせる。二人きりの時間を作ろうと思っていたのに、さも当たり前のように傍にいるものだと疑いもしない。



「マリアベル?」


「……――わたくしは、まだもう少しこちらにおりますわ。折角、わたくしたちのために殿下が用意してくださったのですから」


「なら僕も動かない」


「お、オズワルド様?」


「動かない」



 尊大な態度で腕を組むオズワルド。



「ふふっ、マリアベルの前では悪魔も形無しのようだ。……とても愛されているのだな。すまなかった、勝手に決めつけて」


「あい、されている……? わたくしの自惚れではなく?」


「いや、なんだその反応は。どこからどうみても愛されているを通り越して執着レベルだぞこれは。君に傷一つでもつけようものならその場で灰になりそうな圧を感じる」


「ははは、マーガレット嬢は聡明だな」



 無理やりマリアベルの手を掴んで引き寄せるオズワルドを見て「私は殿下と違ってその辺りは弁えているよ」と、マーガレットは呆れたように笑う。

 ちなみにエインズは「オズワルドとマリアベル、あまりに絵になりすぎる!」などと言って、二人が離れないのならば意地でもついてくる気らしい。



「知っているとは思うが、この方は美しいものに目がないのだ。二人を見て色々タガが外れたらしい……本当にすまない」



 しっかりしろとばかりにエインズの背をひっぱたくマーガレット。そんな二人の様子に「仲がよろしいのね」とマリアベルはようやく心の底から笑った。


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