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雪降る日の相談

 有難いことに続きを、と言ってくださる方々がいらっしゃったので、元婚約者に会う話(+元家族の話をちらっと)までですが書きたいと思います

 短いですが、お付き合いくだされば幸いです。




 窓から外を眺めると、雪がちらついていた。

 遠くの山々は既に白い傘を被っており、屋敷近くの木々や芝生もほんのりと雪化粧だ。


 マリアベルのいたモンテベル領はあまり降らない地域だったので、世界が白く染まっていく姿は珍しく、ついつい窓を開け放ってしまった。しかし一瞬で身を刺すような寒さが襲ってきたため慌てて閉めた。

 空気の冷たさに驚く。心臓がどきどきと脈打っていた。なんだか生きている実感が湧いて、少し楽しかったのは内緒だ。オズワルドに言えば、きっと窓を魔法で固定されてしまう。


 そんな事を考えていたからだろうか。トントンと扉を叩く音が聞こえた。



「マリアベル。少しいいか?」


「は、はい! オズワルド様、すぐに」



 近くにあったストールを羽織り、急いで扉を開ける。魔法だろうか。オズワルドと対面した瞬間、春のようなぽかぽかと暖かな空気に包まれた。

 彼は「寒いな。悪かった」と言ってずいずいと部屋の中に進むと、真ん中に置いてあるテーブルの上にランプを一つ置いた。同時に、部屋中が暖かな空気に包まれる。



「これは?」


「ああ。暖房器具みたいなものだよ。そろそろ寒くなるかと思って作った試作品なんだが、どうだろうか? 僕やヴィント、エレマンは問題ないが、君は寒いのは辛いだろう?」


「こ、これをさらっとお作りになったのですか?」


「僕が普段使っている魔法を魔導具として再現したに過ぎないよ。そんな大層なものではないんだが」


「いいえ! これは素晴らしい発明ですわ、オズワルド様。ゲニシュット領の冬は過酷と聞き及んでおります。先程体験いたしましたが、まさに身も凍る寒さでした。これを商品として市場に出せばきっと――」


「マリアベル? さっき何をしたって?」



 はっとして口を押えたがもう遅かった。そんな薄着で窓を開けるなんて風邪を引く、と叱られた後、次やったら窓を冬の間は開かないようにするからなと約束させられてしまった。

 オズワルドは意外と過保護だ。


 彼はマリアベルを二人掛けのソファに座らせると、自分自身も隣に座って彼女にもたれかかった。

 魔導具とオズワルドの魔法、そしてオズワルドの体温が合わさって、春すら通り越してしまいそうな温かさだ。肩にかけたストールを折りたたみ、膝の上に置く。



「で、では、こちらの魔導具の資料等を書面でいただけたら、エレマン様とご相談の後、適切な事業団体へかけあって市場流通できるよう調整いたしますわ」


「いつもすまないな。助かる」


「いえ、この程度。オズワルド様のお役に立てるのでしたら」



 乱雑な事務処理は基本エレマンの仕事だったらしい。

 新域魔導具に関しての特許は掃いて捨てるほどあるので、無料で提供しても良いくらいなのだが、あくどい商売に使われてはかなわないと交渉から書面の作成まですべてエレマン一人で担っていた。驚くほど優秀な人物である。

 ただ、負担はかなりあったらしく、マリアベルが手伝いを申し出た時は泣いて喜ばれた。


 ――ご用事はこのことかしら?


 マリアベルの肩にべったりと張り付いて動かないオズワルドを不思議そうに見つめる。彼は眉間をぐりぐりと指で揉み解し、はぁ、と大きなため息をついた。



「マリアベル、この書類にサインをくれ。婚約者の関係は終わりにしよう」



 オズワルドは切れ長の瞳に嬉しさと困惑を湛えて一枚の紙をマリアベルに差し出した。まさか婚約解消の書類だろか。何か粗相をしていまい、飽きられたのだろうか。

 震える手でそれを掴み、綴られている文字に目を通す。



「これは……」


「婚姻の届けを国に出す。その書類だ」


「え?」


「……君、僕と結婚するのは嫌か?」



 顔をぐいと近づけてきて、唇を親指の腹でなぞられる。嫌だ、なんて言うはずがない。マリアベルは小さく首を横に振った。

 テーブルの上にペンとインクは置いてある。今すぐにでもサインしてしまいたいが、心に刺さった棘が本当にいいのかと問いかける。彼にはマーガレットという想い人がいる、このまま縛り付けてしまって本当に良いのか、と。


 書類を手にしたまま固まるマリアベル。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、オズワルドは「これは後で書いて持って来てくれればいい」と微笑んだ。



「は、はい。封書に入れてお持ちいたします」


「ああ、頼む。それで、僕たちの結婚についてだが、一つ面倒なことがあってな。今日はそれの相談に来たんだ」


「ご面倒、ですか?」


「ああ。式自体は全面的に君の要望を叶えるつもりだ。二人だけで、というのならば、神父役を爺に任せて慎ましやかにしよう。ヴィントはあれだ、賑やかしとして花でも撒いといてもらうか」


「まあ。ヴィン様が怒りますよ」


「だろうな」



 籠いっぱいの花弁を抱えて走り回るヴィントの姿を想像し、くすりと笑う。想像の中だけならば、幸せな夢を見ても罰は当たらないだろう。



「いや、式は問題ないんだ。そうではなくて」


「式の前、でしょうか? ではこちらの書類が何か」


「ああ。書類の受理についてなんだが……王城に来いと言われている」



 オズワルドは小さな唸り声を上げて頭を抱えた。



「今までどれほど重要な案件だろうと書面のみで受理してやっていたが結婚するのなら必ず報告に来い、と言われているんだ。顔見せだよ、顔見せ。はぁ、憂鬱だ。でもマリアベルを僕のものにするには王へ対面しにいかなければいけない。ならば覚悟を決めるしかないだろう。まったく、僕はもう爵位を譲って隠居の身だと言うのに」



 嫌だ嫌だとぶつぶつ文句を言いながらマリアベルの膝の上に頭を乗せ、ソファの肘掛けに足を置いて交差させる。随分とくだけた格好だ。

 オズワルドは最近、マリアベルに甘えるような態度を取ることが多くなってきた。

 心を少し預けてもらったような気がして、とても嬉しい。

 だからだろう。彼が王城に行きたくない本当の理由を察することが出来ても、平常心でいられた。



「王太子様とその婚約者様に会うのがお嫌で?」


「確かに昔はそれもあったな。幸せそうな顔を見るのは嬉しいものだが、やはり僕も人間だから嫉妬をしてしまうだろうし。ならば出会わない方がお互いのためだと思っていた」



 手を伸ばして、マリアベルの前髪をくるくると人差し指で弄ぶ。



「だが今は大丈夫だ。僕には君がいるから」


「これ以上なく嬉しいお言葉です」



 本心だ。

 たとえそれが優しい嘘だとしても、その嘘に騙されてしまいたいと思うくらい幸せな言葉だった。書類を持つ手に力が籠る。



「で、だ。王が求めているのは僕と君が一緒に報告へ来ること。当然、謁見になるので仮面は外さなければいけない」


「……はい」


「そこでこれだ!」



 オズワルドは胸ポケットをまさぐると、小さな丸いケースを取り出した。



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