【番外編】おやすみ、おはよう
1章〜2章の間に起こった小話。胸焼けしそうな程甘ったるいアーネストとミーナのお話を書きたかった...!
薄暗い寝室。布団を微かに動かせば、優しくて甘い香りが鼻腔を擽る。
耳を澄ませば聞こえてくる、穏やかな寝息。微睡みながら、隣で眠っている愛しい人をぼんやり見つめた。
(ミーナ)
心の中で名を呼べば、熱い何かが込み上げてくる。
触れたい。
抱きしめたい。
口付けたい。
ミーナを俺のものにしてしまいたかった。
だけど、今はまだその時じゃない。
俺の命を狙っている人間の影すら捕らえられていないし、ミーナに無理強いはしたくない。望んで俺の妃になってほしいし、俺と生きる覚悟をしてほしい。心から俺を愛してほしい。
そのために俺は、ミーナの退路をゆっくり、じっくりと断っていくつもりだ。契約妃として側に置いて、俺の想いを伝えていく。
絶対に逃がす気はない。
だけど、こうして隣で眠っていると、多少なりと決意は揺らぐ。
ずっとずっと探していた人が。愛しくてたまらない女性が。
隣で無防備に眠っているんだ。
それは本能よりも、もっと強いなにか。俺の魂がミーナを激しく求めている。
だけど、もしもそれでミーナが俺と眠ってくれなくなったら? 笑いかけてくれなくなったら?
俺はまともに生きていけないだろう。
中々毎日会うことのできない中、こうして隣りで眠れることが、俺の大きな心の支えだった。
その日あったこと、二人で交わした手紙の内容、嬉しかったこと、悲しかったことを共有して、笑い合う。そのひと時が、俺の一番の幸せだった。
絶対に失う訳にはいかない。
(だけど)
今夜はどうにも心が騒ぐ。
ミーナの温もりを感じていたい。自分が生きていることを。生きてミーナに再会できたことを。ミーナが生きていることを実感したい。
少しだけーーそんな風に言い訳しながら、眠っているミーナのまぶたに触れる。しっとりとした肌に吸い寄せられ、俺はミーナに口付ける。
額に、頬に。
ありったけの愛情と熱を乗せ、ミーナをギュッと抱きしめる。
(ミーナ)
早く......早く気づいてほしい。
俺の妃はミーナしかいないんだって。愛しているのはミーナだけなのだと思い知ればいい。
段々とまぶたが重くなる。ミーナの温もりに。甘く優しい香りを胸いっぱいに吸い込みながら、心がじんわりと満たされていく。
(絶対に、手放せるはずがない)
一度触れたら最後。
腕に一際力を込めつつ、俺は小さく笑った。
***
(温かい)
微睡みの中、息を吸う。爽やかなのにどこか刺激的なーードキドキして、胸が熱くなって、縋りつきたくなるような、そんな香りがわたしを包み込んでいる。
お布団なんかとは全然違う、狂おしいほど愛しい温もり。
「ミーナ」
耳元で聞こえる低く掠れた声音に、わたしの体がビクリと跳ねた。
あれ?
待って、この声。
これって。この温もりってーーーー
(アーネスト様!)
ようやく覚醒したわたしは、己の置かれた状況を瞬時に理解した。
アーネスト様がわたしを抱きしめている。ギュッと力強く抱きしめている。
ピッタリと密着した身体。頭を優しく撫でられて、心臓が恐ろしいほどに早鐘を打つ。
アーネスト様とは何度も一緒に眠っているけど、こんな風に抱きしめられるのははじめてのことだ。動揺するのは当たり前だと思う。
(どうしよう)
他の妃と間違えてるだけだってわかっている。本当はわたしなんかを抱きしめたい訳じゃないんだろうって。
だけどーーそれでも嬉しいって思ってしまう。
アーネスト様がわたしを抱きしめていることが。わたしの名前を呼んでくれることが。
まるで夢みたいだ。
(夢ならずっと覚めないで)
わたしは契約妃だから。アーネスト様の命を守るために、ここにいることを許されているだけだから。
本当はアーネスト様に抱きしめてもらえるような人間じゃない。名前を呼んでもらえはしない。
「ミーナ」
アーネスト様の声が聞こえる。頬に温かななにかが触れる。
これが本当にわたしに向けられた温もりだったらよかったのに。愛情だったらよかったのに。
喉が焼け付くような渇望。
ゆっくりと目を開けると、アーネスト様の笑顔が目に入る。
「おはよう、ミーナ」
心臓の音がうるさい。絶対、アーネスト様にも気づかれている。たとえからかわれているだけだとしてもーー
「おはよう、ございます」
醒めない夢を。
果てない夢の続きを。
熱く火照った体を持て余しつつ、わたしは幸せを噛みしめるのだった。




