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花見

 

 澪さんの言う通り、翌日も良く晴れた。


 本来ならば、俺の体はすぐにドクターのカプセルに入れられて治療というか修理というか、手術というか修復作業というか、そんな感じで再び自由を奪われるところだった。


 しかしドクターとゴンの話し合いによる治療方針というか修繕計画というか、そんなものの立案に時間がかかり、幸運にも翌日に予定されていたドクターたち医療班の花見に生身のまま同席させてもらえることになった。


 参加しているのは医療関係者及びその関係者ということで、例えばドクターの奥様のエルザさんとその同僚らしき人物の顔も見える。


 基本的には誰でもいいみたいだ。

 今のところ30人以上が銅像の周囲に集まっていて、まだまだ増えそうな勢いだ。



 三馬鹿の歓迎会のようにタロスの体を借りることにならず、本当に良かった。


 それにしても、前日にあんな巨大な怪獣の襲撃を受けたばかりだというのに、呑気なものである。


 こういう信じられないことを平気でできるのが、この世界の侮り難いところだ。

 このイカレた気質を理解していないと、色々と読み間違えて神経がもたない。


 深く考えないことが重要なのだが、俺のような余所者には深く考えないと理解できないことが多いので、非常に厄介だ。


 イエスかノーか。有りか無しか。

 そのイカレた判断を学ぶのに、あの高校野球ゲームが役に立った。


 特に、野球のようにきっちりしたルールのない部分では、その違いが目立つ。

 中でも、女子マネージャーの好感度を上げるのには苦労させられた。


 あのマリナという美少女の気難しさに比べれば、澪さんなど何も言わなくても察してくれる分だけ、どんなに気が楽か。


『あんた、またろくでもないことを考えているでしょ』


 隣の澪さんが、俺の無防備な右脇腹を肘で突く。


 未だに解除されない脳内会話が、俺の心を蝕んでいる。しかし俺が相談すべきカウンセラーはいない。


 抜けられないチャットグループに神経をすり減らす女子高生のように、既読スルーは許されない。


「澪さん、何か言いたいことがあるのなら、はっきりと口に出して言ってくださいよ!」

 俺は澪さんにふわとろのだし巻き卵を口に運んでもらいながら、一応文句を言ってみた。


「清十郎さん、どうせまたすぐに謝るんだから、虚勢を張るのは止めとけば?」

 まだ悪女ロールプレイの抜けない美鈴さんに、俺は諫められた。


 この構図は、早く変えたい。


 しかし、澪さんの有言実行が功を奏しているのか、ドクターの機嫌が悪くないのが不気味だ。


「おいトミー、手が届かない物は取ってやるから、遠慮なく言えよ」

 とまで言ってくれる。


「いえ、うちの小魔女が美味そうなものはあらかたこの辺に集めてしまったので、大丈夫みたいです……」

 恥ずかしいくらいに、俺の近くに食い物が並べられていた。

 まるで王様への貢物のようだ。


「だって、トミーは一応、昨日の怪獣退治の立役者だから、仕方がないわよね」

 美玲さんの場合は、こうして座っているといつもとそう変わらない。


 まさかこの場で、奴の標的は俺だけでした、とは言えない。


 皆様にはご迷惑をおかけして、と頭を下げたくなるのをぐっと我慢して、左手に持つ日本酒をグイっと飲み干す。



 ああ、それにしても天気が良くて暖かく、絶好の花見日和だ。


 ソメイヨシノよりも数日開花が早いというコマツオトメだが、それにしても、この時期に上野の桜が満開になるとは。


 俺の高校があった高崎では、だいたい4月の上旬に花見をしていたように思う。上野より少し遅いが、それほど変わらなかったような気がする。


 だが、今日はまだ3月20日だ。


 温暖化の原因ははっきりしていないとのことだが、変温動物が多く水を好む怪獣のために行っているグランロワの策略ではないかというのが、一般的な意見だ。



『おい、ゴン。で、結局ドクターとの話し合いはどうなったんだ?』

『はい、大体の計画は決まりました。一度手足の機械を外して作り直します』


『どうやって?』

『それは秘密です』


『まさか再生医療で何年も寝たきり、とかにはならないよな?』

『大丈夫です。ひと月もかかりませんから』


『もしかして、これもおまえが事前に準備してたとか?』

『ノーコメントです』


『おい』

『その間に、セイジュウロウにはやってもらいたいことがあります』

『何だ?』

『最近、話したことがありましたよね』



 いつだったか、俺は言った。

『ゴン、例えば気象データもろくにない屋外で、10キロ先の犬小屋に一撃で砲撃を命中させることは可能か?』


『誘導弾ではない通常の放物線を描く砲撃では不可能でしょう』


『でも、ほぼ同じことをあのアザラシと猿人がやったのは見たよな』

『あの火球自体が、気象の影響を受けにくい性質でしたので』


『では同じ条件で2キロ先の人間を銃で狙撃することは?』

『一撃で命中させるのは偶然に頼るしかないでしょう』


『何発か撃てば当たると?』

『そういうものではありません。気象条件は刻々と変化し、標的も動きます。不安定な分厚い空気の層に阻まれる弾丸の行先を、不足しているデータの中で計算により求めることは不可能です』


『だが、それを一撃で可能にする人間がいることを知っているか?』

『ああ、あの人ですか』


『そう、あの人だ』

『他にも、似たような能力を持つ人がいますよね』


『ああ。天才はドクターと澪さんだけではないんだよな……』

『俺は、武道を学ぼうと思う』

『ほう』


『対人戦闘のための武術は不要だが、この肉体のポテンシャルを引き出すための体術を学ぶことは重要だと思う』

『セイジュウロウの得意なことは何ですか?』


『俺はキャッチャーだから、球を受けるのが本職だ』

『なるほど、今の動体視力ならどんな球でも見えるでしょう』


『でもそれだけじゃダメなんだ』

『コウモリのような超音波でアクティブソナーを使いますか?』

『それとも赤外線レーザーによる360度監視ですか?』


『出来ることは全部だ』

『では、苦手なものは何でした?』


『ああ、それは勿論、俺はパワーがなかったので、長打力には欠けていたな』

『でも、今は人類一のパワーヒッターですよ』


『そうだな、では長打力でも一番を目指さねば』

『となると、やはりあの人に弟子入りするしかありませんね』

『そうだな』


 それから俺は八雲隊長に面会をお願いして、その後うやむやになったままだった。



『八雲隊長とは、話が付いています』


『そうか』


 まだ俺にもできることがある。今はそれだけで嬉しかった。


(第三部完)

 


今回で第三部が終了です。

完結編となる第四部の連載再開まで、もうしばらくお待ちください。


感想、レビュー、ブクマ、評価、よろしくお願いします!


全編にわたり読みやすくなるように、ちょいちょい直しています

気になった部分をご指摘いただければ嬉しいです!


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