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専門家

 

 まさか、ドクターの心のケアを考える日が来るとは思わなかった。


 こういうことの専門家を、俺は二人知っている。


 そのうちの一人は、急激な肉体改造の副作用で現在冷静に物事を考える能力に欠ける事態に陥っているので、対象から除外する。


 俺は頭上を仰ぐ。

 除外した役立たずは、今も興奮してバイクで大空を飛び回っていた。


 もう一人の頼りになる筈の専門家は、大丈夫だろうか。


『ゴン、もうこの周囲に危険はないか?』


『はい。過去の映像を含めてあらゆる手段で何度もスキャンし、安全を確認しました。もう大丈夫でしょう』

 さすがのゴン先生も、やけに慎重だった。


『例の通信は、今も澪さんに届くかな?』

『はい』

『じゃあ、澪さんだけに繋いでくれ』



 USMの医療班が俺たちを回収に来る前に、澪さんの乗った調査隊のフライングカーが桜並木に着陸した。


 機内から出てきた澪さんは、プロテクターを外していつもの薄いブルーの白衣を身に纏っている。長い黒髪が、風に揺れた。


 その姿は美しく、眩しかった。

 舞い散る花の下、桜の女神の降臨だ。

 普段魔女だのなんだのと言ってるくせに、と怒られそうなので、口には出さないが。



 先に、美鈴さんをフライングカーへ収容してもらった。

 普段眠ることもなく働くアンドロイドが、これほど激しく消耗するとは。


 俺は澪さんと二人だけで、桜の木の下に並んで立つ。

「こりゃまた派手にやられたわね」

 俺の右腕を見ても、澪さんは自然体だった。


「実は……」

 俺は、自分の身に起こった事情を澪さんに説明する。

 澪さんは、驚きもせずに黙って頷いていた。


「その前に、念のためこれを被っておきなさい」

 澪さんが一枚の布を広げて俺に手渡す。


 美鈴さんが使っていた、怪獣からの認識を阻害するポンチョだった。


 俺は澪さんに手伝ってもらい、仕方なくその薄く四角い布を被り、真ん中の穴から頭を出した。


「ほら、頭を下げて」

 澪さんが布を引っ張るので上半身を屈めると、頭の上にフードを広げてくれた。


 俺はせっかく頭を下げたのだからと顔を近寄せて、少しだけ唇を触れ合わすことに成功した。よしよし、と澪さんがフードの上から頭に軽く手を当てる。


「これって、俺にも効果があるんですか?」

「さあね。でもあんたが怪獣ホイホイになると色々迷惑でしょ。念のためだから」


 関係ないが、この世界にもGは生息していて、〇キ〇リホイホイも存在する。


 同じ原理で小型の怪獣を捕獲する罠まで製造していて、調査隊が街の外にあちこち仕掛けていた。



 澪さんは、俺を見上げて言う。

「まさか、玲ちゃんまで並行して改造されちゃうとはね。私も今回の鈴ちゃんのことは、どうやってドクターに説明しようかと考えていたの」


 おお、さすが澪さんだ。俺の尊敬の眼差しを受けて、澪さんは小さく頷く。


「そんな、犬がご主人様を見るような目は止めなさい」

 見透かされた。


 きっとブンブンと振っている尾も澪さんには見えたのだろう。


「まあとにかく全部正直にドクターには説明します。というより、ゴンから説明させます」

「うん。それが一番大事だね」


「で、その後なんですけど……」

「わかってるって。ドクターはプライドの塊だからね。あんたが下手に動けば、もっと話がこじれるだろうからさ。あとは私に任せなさい!」


「やった!」

 俺は思わず、澪さんを抱きしめた。


「清十郎、それにゴンちゃん。これは大きな貸しだからね」

 澪さんが囁く。


 何という無粋な愛の囁きだろうか。


「愛の囁きじゃなくて悪魔の囁きに聞こえるんですけど、気のせいですか?」

「うん、大丈夫。愛してる。でも貸しは貸し」


「あのう、澪さん。それって、俺じゃなくてゴンへの貸しですよね?」

「何言ってるの。あんたたちは一心同体なんでしょ?」


「それなら澪さん、俺たちだって一心同体ですよ」

 そう言って俺は左腕に力を籠める。


「ほう。じゃぁ、あんたにも失禁するほど怖い思いをしてもらわないとね……」

 まだ根に持っていやがった。


「直接顔を見なければ、あんたが何を考えているかわからないと思った?」

 俺の顔から、さっと音を立てて血の気が引いた。(気分的に)


 ここで俺のピンチを救おうと、ゴンが小さな声で言う。

『澪、ワタシもおまえが大好きですよ』


「???」

 さすがの澪さんも、この突然のおかしな言葉に何と答えてよいのか迷っている。


『わかりませんか。これが本当のAIの囁きデス』

 同時に、俺の視界にその馬鹿げた文字がインポーズされた。きっと澪さんにも同じことが起きたのだろう。

「!…………」



 澪さんが、体を震わせて笑っている。

 なんだ、この程度でいいのか。ちょろいな。

 そう思った瞬間、澪さんにガツンと足を踏まれた。


 思わず下を向くと、澪さんも俺を見上げている。

 顔を見合わせて、俺も一緒に笑った。


「ねえ、きっと明日も晴れるわよ」

「?」

「だって、こんな大きなてるてる坊主がいるんだから……」


 


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