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援軍

 

 俺は海馬から約300メートルの距離を維持しながら、北へ向かってじりじりと逃げている。


 海馬の方も、ゆっくりと俺の姿を追って北へ進路を変えていた。


 それにはお構いなく、家畜にたかる虻のように馬の首の周囲を飛び回る美玲さんがいる。


 機首のレーザー砲と20ミリの機銃を掃射するが、やはり海馬表面のバリアが全ての攻撃を呑み込み、何のダメージも与えられていない。


 普通ならあの太い腹の中に行方不明者が呑み込まれているので、迂闊に攻撃はできない。こいつの目の前で消えた8人はどうなっているのだろうか?


 いずれにしても、あの腹部を覆う障壁を万が一貫通してしまえば中の人たちに危険があるので、必然的に攻撃するのは、竹輪のような丸い口を突き出している間抜けな頭が中心となる。



 ある程度街外れまで誘い出したら、そのまま東の沼地へ誘導して戦うつもりだった。

 しかし、そう思い通りに動いてはくれない。


 俺がいくら台地の下へ誘導しようとも、その斜面の前で停止して、動こうとはしない。


 海馬には都市へ入るような指示が出ていて、それを忠実に実行しているような感じを受ける。


 それでも街の端まで来れば多少派手な攻撃も許されるようになる。



 しかし、俺のバイクが発射する高出力レーザーも、美鈴さんの発射する小銃の弾丸も、全てが海馬の体を覆う光の揺らめきの中に消えて、効果がない。


 ついに俺も美玲さんのように接近して攻撃を試みるも、やはり同様である。


 時折海馬の口が光り俺のバイクを捕えようとするが、高速で逃げ回りそれを許さない。


『ゴン、もう少し接近してみたいんだけど……』

 俺は現状を打開するためにはある程度の危険を冒すことも必要と考える。


『墜落した2台のフライングカーのように、あの防御フィールドへ接近すれば車体が崩壊する危険があります。お勧めできませんね』


 だが、俺たちが躊躇しているうちに、業を煮やした美玲さんがかなり接近して攻撃を始めている。


『美玲、無茶をするんじゃない!』

 珍しくゴンが自ら美玲さんを止めようとしている。


「大丈夫だって。接近すると、こっちの反重力フィールドにも少なからず影響が出るわ。それを感覚として掴んでおけば、車体に影響が出る寸前に回避できるのよ!」


 美玲さんは一般無線で返したが、実はとんでもなく重要なことを言っている。


 キャビンの中まで敏感な反重力フィールドに覆われたフライングバイクであれば、空間の歪みによる車体の異常をいち早く察知できるということだ。


 フライングカーにはそれができず、牽引ビームに捉えられ、車体の破壊に至ったのだろう。


『つまり、USMのフライングカーやこのバイクが反重力フィールド周辺の空気を取り込み亜空間エアチャンバーとして利用しているのと同様に、あのシーホースは発生する亜空間を制御し展開して、防御障壁として利用しているようです』


 確かに、その理屈であればあの障壁の原理を想像することはできる。だが、俺たちはその未知の技術に対抗する手段があるのだろうか。


『例えば、無人のフライングカーをぶつけて反重力フィールド同士を干渉させ、相殺するなどの方法が考えられます』


 そうは言っても、既に2台のフライングカーがその干渉により破壊され、墜落しているのだ。



『清十郎、聞こえる? やっぱりあの怪獣はあんた一人だけを狙っているわよ!』


 澪さんの言葉が頭の中に響いた。普通の無線通信ではなく、ゴンを介した回線の有効範囲に入ったようだ。


『澪の乗ったフライングカーが、やっと追い付いたようです』

 ゴンが澪さんの乱入を、遅まきながら説明する。


 続いて、USMの標準無線を通して、澪さんの声が続く。


「討伐隊の山野より、本部へ報告。タツノオトシゴのターゲットは富岡清十郎ただ一人です。現在は目標を補足し、それを捕食する以外の行動には制限がかかっている模様。被害を拡大させないためにも、当面の攻撃は自重してください」


 あーあ、澪さんてば、オープン回線で言っちゃったよ……


『最初にセイジュウロウを呑んだヤモリの情報と、浅間高原の雷獣と、目の前のシーホースと。グランロワはセイジュウロウという異質な存在の特定に、躍起になっている感じがします』


『いつから俺はこんな人気者になったんだろうな』


 その時、無線からは聞きたくない関西弁が響いた。

「澪さーん」

「おかぁちゃん!」

「おかん、ワイらアンドロイドも奴の眼中にないんやったら、街の防御に出動させてぇな」


 海馬の接近以降は強制的に避難させられていた通天閣からの、切実な出撃要請だった。


「こちら大阪支部の藤村です。私からも、お願いします。彼らの乗る重機は安全性も高く、十分に街の防御の役に立てるはずです!」


 あのくそ真面目なお目付け役である理恵さんもそう言うのだから、大阪ではそれなりの実戦経験があるのだろう。


「討伐隊長の八雲だ。大阪支部の皆さんにはご協力の申し出、感謝する。3人は機体に乗り込み、出撃準備をして待機してくれ。だが許可が下りるまで、勝手に出るなよ!」


 お約束の、勝手に出るなよ、を聞き流し、俺は精一杯海馬の気を引こうと目の前を飛び回りながら軽くレーザー砲を撃った。


 それに応えるように口の竹輪が僅かな光を帯びるので、慌てて急加速をして切り返して、離脱する。


 フライングカーでは絶対に不可能な強引な空中機動が可能なこのバイクならではの、芸当だった。


 それにしても、このままでは埒が明かない。



 何度か接近を繰り返すうちに、海馬の攻撃を感じることができた。


 海馬の長い口が光ると前方の空間が歪み、一定の範囲で反重力フィールドが不安定になる。俺は不安定な反重力フィールドの中に身を委ねて飛んでいるからこそ、その歪みを全身で体感できる。


 美玲さんの言った通りだ。


 空間の歪みを感じるとすぐに離脱を図り、無理やりに進路を曲げ強引な加速でどうにか避けることができた。


 それも、バイクのコクピットが反重力フィールド内にあるからこそ体感出来る現象だ。


 フライングカーはそれに気付かず接近して、海馬の周囲に展開した亜空間により機体を損傷し、操縦不能となった。


 少なくとも俺には、それを回避できる。

 


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