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帰還

 

 時速500キロ近い速度で、長さ3メートルほどの細長い小型の機体が空を飛んでいる。


 乗員は狭い透明なキャビン内に前後に並び、バイクのように跨って操縦するためフライングバイクと呼ばれる。


 車体を包む反重力フィールドにぶつかる空気の壁の一部は、フィールド境界に発生する亜空間に捉えられ、その空間内部に圧縮される。


 放っておけば自然に拡散するこの亜空間のチャンバーを一纏めにして内部の空気を引き出すことで、主に機体の姿勢制御用スラスターとして利用している。


 キャビンも含めて車体全部が反重力フィールドに包まれているこのバイクの乗員は、激しい乗り物酔いの不快な症状に悩まされて、通常は一分と耐えられない。


 不規則にねじれ蠢く微小な重力変動により、無重力の宇宙よりも酷い眩暈や吐き気に襲われ、対処方法はない。


 俺の場合にはゴン先生のナノマシンによる魔法のおかげで耐性が高く、問題はない。

 美鈴さんについては元々人体のような三半規管がないので、耐えられる体らしい。


 限られた利用者しかいないのであれば、今まで実用化されなかったのも頷ける。

 無理して人間を乗せなくても、AIに自動運転させればよい。


 ただ、グランロワのAI嫌い、機械嫌いは激しく、真っ先に攻撃対象となることからデコイとして利用される他に戦闘車両として積極的に用いられることはない。


 15分ほどで遠くに東京湾が見えてきたので、速度を落とした。


 黒い海の右側の大地の先が上野の森だ

 。

 俺は十分に速度が落ちたのを確認して、バイクのキャノピーを開いた。

 これで後席の美鈴さんが、手持ちの武器を使える。


 飛んでいる間には、現地の戦況が続々と伝わっている。


 今回の敵は一体だけだが、その巨体はⅬⅬ超級の中でも過去最大クラスの大物だ。

 既に、2台のフライングカーが落とされ、乗員8名が行方不明となっている。


 武蔵野台地沿いに南下すると、ピンク色に染まった丘が見えてきた。



 昔から上野の山は桜の名所だった。

 それは今も変わらない。


 上野の山には多くの種類の桜が植えられていたが、一番数が多く一斉に花開いて花見客を喜ばせていたソメイヨシノは、50年前の厄災で数を減らしてしまった。


 今ここで一際鮮やかな花をつけているのは、コマツオトメという名の桜だった。

 大きな被害を受けた上野の台地で、奇跡的に生き残った桜だという。


 ソメイヨシノの近縁であるコマツオトメの原木は、近くにあった小松宮彰仁親王銅像と共に残り、今は上野の山を覆う桜の代表的な種類となっている。


 近くにあった銅像の人物、小松宮彰仁親王は江戸から明治へ至る時代に戊辰戦争や西南戦争で官軍の指揮官として戦った皇族である。


 皮肉なことに西南戦争で反乱を起こした有名な西郷さんの銅像は失われたが、対する政府軍の指揮官だった小松宮の銅像は桜と共に残っている。


 ゴンが突然、俺の思いを拾って語りかけた。


『西南戦争は、日本最後の内乱だったと言われています。しかし1999年以降の世界では、内乱どころか国家間の戦争やテロさえありません。グランロワはやはり神なのかもしれませんね』


『57億人も殺した奴が神とはお笑いだ。悪の大王なんだろ?』


『この美しい桜も、人間が品種改良して作った花です。神も同じことをしているだけなのでは?』


『では俺たちみたいな失敗作を刈り取ろうと、怪獣は狙って来るのかな?』

『そうかもしれませんね』


『簡単に刈り取られてたまるかよ!』


 俺はもう一度、前方に色濃くなる桜の森を、じっくりと見た。



 澪さんたち医師にとっても、コマツオトメの原木と共に残った銅像の人物は特別な存在である。

 この人は、明治時代にできた日本赤十字社の初代総裁を務めたらしい。


 そんな理由からか、毎年医療関係者はこの銅像のある一番いい場所での花見が許されていると聞いた。

 これはドクターと澪さんの語る話なので眉唾だったが、俺もその花見に誘われていることは確かだ。


 その桜が、三日間見ないうちに、今は満開になっていた。


 桜の花の咲き狂うその奥に、怪獣の姿が見えた。


 そこは、前回の襲撃で比較的地上の被害が少なかった地域だ。

 高層ビルの並ぶ間に、巨大な竜のような顔が出ている。


 100メートルのビルから長い首が飛び出ているのだから、その大きさが想像できる。


 だが、周囲のビルには被害の様子が見えない。


『怪獣による建物への被害は、今のところ何もありません』

 だが、既に2台のフライングカーが落とされ、乗員8名が行方不明となっているのだ。


 俺はその時の映像を視覚内に再生して、もう一度確認しておくことにした。



 二台のフライングカーが、飛行する竜のような怪物に向かって飛んでいる。


 細長い尾と背ビレ、胸ビレがあるので、竜ではなくタツノオトシゴのようだ。


 かなりの前傾姿勢で魚が泳ぐように接近するタツノオトシゴは、全長100メートルを優に超える長さがある。


 市街への接近を阻止すべく、フライングカーが先制攻撃を仕掛けた。


 しかし、レーザーも砲弾も、全てが効果なくその体に吸い込まれるように消えた。

 命中したはずの誘導ミサイルも、起爆することなく姿を消してしまう。


 時限信管により命中寸前で起爆させた炸裂弾ですら、何のダメージも与えることが出来なかった。


 鉄壁の防御障壁を持つような怪物である。


 遠距離攻撃では何もできないと悟り、フライングカーは怪獣へ接近する。


 すると、怪獣の口付近に幽かな光が煌き周囲の景色が歪むと、近くを飛んでいた1台のフライングカーが操縦不能となり、ふらふらと怪獣の顔へ引き寄せられていく。


 まるでSF映画で宇宙人の円盤が発射する牽引ビームのような力に引き寄せられ、フライングカーはタツノオトシゴの口に接近する。


 どう見てもフライングカーの方が映画に登場する悪役宇宙人の乗り物に近い造形なので、実にシュールな絵だった。


 映画のタイトルをつけるなら、UFO対シードラゴン、という感じである。


『やはりセイジュウロウのネーミングセンスは救いようがないですね』

『ほっとけ!』


 やがてフライングカーは、牽引ビームというより怪獣の周囲に展開された空間の歪みに耐えきれぬよう車体に亀裂が入った。


 その時点で、脱出装置が作動して乗員四人がシートごと上空へ射出される。


 飛行高度が低いので、パラシュートを開かずシートに内蔵されている噴射装置でゆっくり地上へ向かう乗員たち。


 だが、その一人一人をターゲットにして、次々と怪獣の口が振り向き輝くと、フライングカーと同様にその口に向けて引き寄せられ、口の手間10メートルほどの地点で消失した。


 そうやって、四人の乗員が次々と消えた。


 そして次のフライングカーも同じように破壊され地上へ落下し、脱出した乗員は一人残らず消失した。


 第ゼロ小隊と第一小隊、2台のフライングカーが犠牲となり、日奈さんを含む8名の乗員が現在行方不明となっているのだ。


 


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