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フライングバイク

 

 俺たちが乗り込んだのは、調査隊のフライングカーだった。


「おう、結構ぶっ飛ばして来たから、一時間ちょっとで着いちまったぜ」

 操縦していたのはベテランの大塚という隊員で、副操縦席には娘のような年齢の新入隊員が乗っていた。


 大塚さんとは顔馴染みだが、この新入隊員も見覚えがある。


 そういえば、大阪から来た三馬鹿の歓迎会の時に挨拶したような気がするが、あの時の俺はタロスの中の人だった。


「初めまして、調査隊へ入隊したばかりの、森永澄花もりながすみかと申します」


 こっそり隠れて肉ばかり貪り食っていたドクターと違い、澪さんも美鈴さんも、あの時の食事会には参加していない。それでもこの二人を知らない人はUSMにはいないだろう。


「あら、若い隊員が入ってよかったじゃないの、大塚さん」

 彼女は見た感じでは、俺と同じくらいの年齢だ。


「だってビッグルーキーも澪さんも討伐隊に取られちまったからよ、こっちにも若いのを回してくれってお願いしてたのよ」


「ええっ、俺だって調査隊の方が良かったのにって山岸さんと話してたんですよ!」

「どうせ清十郎は若い女の子が目当てなんでしょ」


 まだ澪さんは、マリナの件を根に持っているようだ。



 だが、車内の微妙な雰囲気をぶち壊すように、緊急無線が叫んだ。


「こちらUSM東東京。現在未知のLL級怪獣一体が上野へ接近中。緊急警報を発令。およそ五分後には交戦状態に入ると予測。第二次警戒体制へ速やかに移行する」


 嘘だろ、またかよ!

 この場の全員がそう思ったに違いない。


 雛祭り侵攻からまだ半月しか経っていない。


 しかも俺たち三人にとっては、つい先ほど特別な大物をどうにか仕留めたばかりだ。

「仕方がない、全速力で帰還するぞ」


 大塚さんが呟くように言って、速度を上げた。


「大塚さん、あれは使わないんですか?」

「ああ、あれな」


「なによ、あれって?」

 澪さんの疑問に、大塚さんは言いにくそうに答える。


「一応念のためによ、後ろの格納庫にバイクを積んできたんだ。だけどな、お前ら夜明けからずっと今しがたまで戦ってたんだろ。だからそいつでまた出撃させるのは忍びなくてな……」


『新型のLL級でしょ。きっとまた清十郎を狙っているのかも……』

 澪さんは俺たちだけに聞こえる通話で呟いて、目を細めた。


「バイクって、俺の新型ですか?」


「ああ、そうだ。トミー専用って言ってたが、一応三人までは乗れるぞ」

 確かに、新しいフライングバイクは小型で機動力もあり、しかもフライングカーよりも速い。


 今これに乗って出発すれば、いち早く現場の戦闘に加われるだろう。

 だが、これが俺専用と言われるのには、ちゃんとした理由がある。


「俺一人で先に行きます。二人はこのまま残ってください」

「どうして? 三人乗りなら、私と鈴ちゃんも乗れるんでしょ?」


「乗れません」

「何故?」


「フライングカーのキャビンは反重力フィールドの影響を受けないように切り離されています。その理由はご存知ですよね」


「不安定な反重力フィールドの中では人間の三半規管が混乱して、長時間の活動は不可能……まさか!」


「そうです。フライングバイクは人体が耐えられぬようなGを打ち消して急加速や急旋回を可能にするため、キャビンも反重力フィールド内にあります。普通の人間には乗車不可能な乗り物なんですよ」


 フライングカーでは不安定な反重力フィールドをキャビンの周囲へドーナツ状に広げ、姿勢制御用のスラスターで常時細かく制御しながら辛うじて安定飛行をしている。


 フライングバイクはそれらの安定性を最低限に抑え、速度と機動力に特化している。不安定な飛行と、乗員をも包む不安定な重力場。これらを全て制御し耐えられる肉体と制御機能を持つのは、俺と美鈴さんたちアンドロイドくらいだ。


 しかし、アンドロイドは別の理由で怪獣に執拗に狙われているので、今まで戦闘の前線へ投入されたことがない。


 恐らく今回雷獣を相手にした美鈴さんが、世界で初めてのケースだろう。


 それも、雷獣が俺だけを狙っていて美鈴さんには興味がないことを、澪さんが感知していたからあり得たことだ。


 今上野へ迫っているLL級の怪獣については、何も保証できない。

 だから、俺一人で出撃するのが一番理にかなっている。


「わたしは乗れそうですから、一緒に行きます」

 美鈴さんは有無を言わせぬ迫力で迫る。


「わ、私だって早く行って怪獣の心を読めば、何か協力できるかもしれないし……」

 澪さんは少々歯切れが悪い。


 さすがについ先ほど気絶したばかりなので、無理を承知で言っているだけだろう。

「澪さんは絶対に無理ですからね!」


「でも、清十郎を狙っているのならわざわざ先に行く必要はないじゃない!」


「逆ですよ。俺が狙いなら、早く行けば街から引き離せるかもしれません。先に俺が一人で行くのが一番です」


「いえ、それならわたしが狙われる場合も一緒です。わたしも清十郎さんと一緒に行けば、いい囮になるでしょう。それに、わたしなら後席から射撃もできますよ」


『セイジュウロウが運転に専念し、前後の砲はワタシが同時に制御可能です。でも美鈴が乗って手持ちの武器を扱えば、攻撃範囲が広がり手数も増えるでしょう』


 確かに、俺の持っていた銃の弾薬類は、今すぐ補充できる。

「仕方ない、二人で行きましょう。澪さんは後から来て、何かわかれば伝えてください」



 俺たちは先ず美鈴さんの使う武器を確保する。


 俺の使っていた自動小銃をメイン火器として、調査隊の銃も予備に1丁借りた。


 バイクの前後に固定されている回転砲塔はレーザー砲で、前後から広角に狙える。

 それに加えてタンデム席の美鈴さんが援護射撃をすれば、弾幕は更に厚くなる。


 準備が済むと俺が前、美鈴さんが後ろに跨る。

 前後の固定風防の間を閉じて、空中へ飛翔する。


 バイク型のコクピットだが、背もたれの付いた狭い座席にベルトで固定されている。

 すぐに俺たちは、不自然に揺れ動く気味の悪い微小重力の中へ投げ出された。


 戸惑う俺たちはバイクが急加速するGに気付かぬまま、視界の隅の速度表示だけが突然跳ね上がるのを見て、驚愕する。


 知らず知らずのうちにバイクは最高速度付近に達し、一直線に東京へと向かった。



 


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