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お迎え

 

 雷獣の脅威が去り、俺たちは迷惑をかけないよう、人の住まない領域まで移動してランデブーポイントを送信した。


 山火事の跡なのか怪獣との戦闘の痕跡なのか、南の尾根を下った標高の低い場所に、禿山になった日当たりの良い丘を見つけ、そこで救援を待つことになった。



「いいねえ、ここに別荘でも建てたいね」

 澪さんの機嫌が直って、俺はずいぶん気楽になった。


「いいですね。わたしたちの愛の巣を築きましょう」

 相変わらず美鈴さんは、少し言動がおかしいままで心配なのだけど。


 ゴンが黙っているのは、武装商隊の連中が雷獣へ止めを刺したような欺瞞映像を作るのに夢中なのだろう。他にも、色々と今回の旅で必要な隠ぺい工作は多い。



 どのみち、すぐに高崎からもフライングキャリアが来て雷獣の死体を回収していくだろう。


 ジャミングモンスターの体は今後の対ECM、つまりUSMのECCMにとって非常に貴重な情報をもたらすことだろう。


 その対価は、亡くなった人の家族や傷を負った多くの仲間の役に立つ。


 だが失われた人命は戻らない。

 怪獣と戦うということは、こういうことなのだ。


 雛祭りの襲撃では、より多くの人命が失われたばかりだ。

 こんなことで人類は生き残れるのだろうか。沈痛な気持ちは晴れない。



 俺たち3人の回収には、上野から直接フライングカーのお迎えが来ることになっている。


 さすがにフライングトレインをこの高原に寄り道させるリスクは、冒せないようだ。


 俺たちが雷獣に落とされた小型のフライングカーは航続距離が短かったが、普段調査隊や討伐隊の使うフライングカーなら問題ないらしい。


 上野までは、地図上の直線で150キロくらいの距離だ。

 地形によるルートの取り方で多少は飛行距離が伸びるだろうが、1時間ほどでここまで着くだろうと思われる。


 それまでは、ここでのんびり待つだけだ。


 例のポンチョを広げて、浅間隊の唐原さんからいただいたおにぎりとお茶で朝食にする。


「ピクニックに来たみたいですね」

 丘の上には萌え始めた緑の草が一面に広がる。山育ちの俺としては山菜取りでもしたいところだが、せっかくのんびりできる時間なのでゆっくり休ませてもらおう。



 この自然の楽園が、俺の住んでいたキャベツ畑の広がる高原だったとは到底思えない。


 それでも俺が冷静でいられるのは、俺の家族や友人知人たちが、元の世界で今まで通りに暮らしているに違いないと信じているからだ。


 もしそうでなかったとしたら、俺はどうすればよいのだろう。

 例えば俺の暮らしていたのが、あのゲームの中のような仮想世界だったしたら。



 そんな思いが漏れたのか、唐突にゴンが言う。


『東京へ帰りましょう、マリナが待っていますよ』

『ああ、そうだな。早く愛しいマリナに会いたいよ』


 うっかり答えてしまってから、澪さんの怒声が割り込んだ。

『だ、誰なのよ、その女は!』

『あっ……』


 それでやっと気が付いた。

『スミマセン、四人の秘匿通信を解除していませんでした』

 これは冗談では済まんぞ。


『おまえ、わざとだろう!』

 俺は頭に血が上ってゴンを責める。


『イイエ、ソンナコトハアリマセン。ウッカリシテイマシタ……』

 やはり、これは計画的な犯行と思われる。


『で、それは、私には言えないってこと!?』

『ち、違いますよ澪さん。こらゴン、誤解を招くような言い方はよせ!』


『スミマセン。これは澪には秘密でしたね』

『だから、違うだろ』


『え、隠さなくていいんですか?』

『そういう意味じゃない!』


 話せば話すだけ、泥沼に引きずり込まれる。

『で、誰なの、そのマリナって女は?』


『都立鶯谷高校野球部のマネージャーで、最近告白して付き合い始めたセイジュウロウの彼女です』


「な、なんだって~」

 明るい高原に、絶叫する澪さんの声が響き渡る。


「あのね、ゲームの話ですからね!」


「ゲーム?」

 澪さんのトーンがやっと少し下がった。


「そうです。〈栄冠よ君に輝け2050〉というタイトルの、高校野球シミュレーションゲームの中の話です」


「へー、野球ゲームの中なのに、可愛い恋人ができたんだ。へー、よかったね。彼女に早く会いたいんだ、へー、そうなんだ~」


「ちょっと待ってください。清十郎さん、彼女とどこまでいったんですか?」

 美鈴さんの眼が怖い。


「だから、ゲームの中で告白して、まだデートもしてないんですって……」


「私だって、清十郎とデートしたことなんてないんだけどなぁ~」

 澪さんの怒りが別の方向へ向かっている。


「ゲームの話ですよ、遊びですから、ア・ソ・ビ!」

「入隊前にわたしとデートしたのも、ア・ソ・ビ、だったんですね!」

 美鈴さんの声と眼が、更に迫力を増す。


 美鈴さんのハイテンションは続いているが、一時的な副作用だとゴンは言っている。

 早く元に戻ってくれないと、この二人を相手にするのは非常に辛い。


「もう、ちょっと目を離せばこの男は……ゴンちゃん、この四人の繋がりは絶対に解除してはダメだから!」


『そ、それは絶対に無理……』

『ちゃんと聞こえてるからね!』



 俺の眼には、こちらへ向かうフライングカーの小さな機影が見えた。

 早く助けてくれ!



 


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