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回復

 

 問題の72時間が近付いている。


 その前に、最後の関門が控えていた。


『美鈴の肉体の処置は無事に完了しました。ワタシがこうして制御を続ける限り、ナノマシンは極めて安定しています。美鈴の演算領域の拡張も順調に終わり、機能も厳重にチェック済みです』


『では、あとは美鈴さんにコントロールを引き継ぐのみ、ということか』

『それはそんなに難しいの?』

『簡単ではありません。美鈴と話しますか?』


『鈴ちゃん、聞こえる?』

『はい。ご心配をおかけしました。事情は父から聞いています。わたし、頑張ります!』

『大丈夫、きっとうまくいきます。明日の晩は、東京で乾杯ですよ!』


 俺は繋いでいる美鈴さんの手を強く握る。

 まだ美鈴さんの肉体は弛緩したままで、それに応えることはない。

『では、始めましょうか』

『はい、お願いします』



 それからまた、無言の一時間が過ぎる。

『よし、これで処置は完了です』

『ありがとうございました』


 突然二人の会話が聞こえ、美鈴さんの左手が布団の中で俺の手を握り返した。


『終わったのか?』

『はい。無事に完了しました』

『皆さん、お世話になりました』


 美鈴さんが上体を起こした。

『生まれ変わった気分ですね』


『良かった、鈴ちゃん』

 澪さんが美鈴さんの体を抱きしめている。


『セイジュウロウは、まだ急に動かないようにしてください』


 俺の肉体はこれから少しずつ代謝を戻して、元の状態になるまで小一時間はかかるらしい。ドクターのカプセルの中とは違う。


 その間に美鈴さんは新しくなった肉体に慣れるため、少しずつ体を動かしている。



『さあ、じゃあご飯にしよう』

 それから一時間半が経過して、美鈴さんの身体の習熟運転と俺の肉体の活性化が終わり、澪さんが用意してくれた食事をとる。


『ゆっくり食べてね』

 澪さんも、久しぶりに3人揃った食事をかみしめるように食べている。


 不思議と言葉もなく、黙々と食事を進める。


『ごちそうさまでした』


 揃って箸を置き、澪さんが片付けようとすると、美鈴さんが止める。


『もう大丈夫。わたしにやらせてください』

『そうだ。澪さんは今のうちに少し休んでおかないと』


『無理だよ、そんなの』

『行動開始予定の夜明けまでには、まだまだ時間があります。休めるうちに休みましょう』


 ゴンがそう言うと、黙って澪さんは布団の中に入って目を閉じた。


 俺は、ゴンにだけ聞こえるように問う。

『で、どうなんだ、美鈴さんの調子は』


『はい、シミュレーション通りに体組織の改編とナノマシンの制御権移譲、そして仮想空間での動作試験一式、何の問題もなく完了しています。お望みであれば、今すぐにでも出発可能です』


『そうか。でも澪さんは三日間の緊張であまり寝ていないし、少しは休ませないとな』

『はい、澪のお茶に入れた軽い睡眠導入剤の効果がもう現れているようです』


 張りつめていた緊張が解けたせいもあり、澪さんはもう寝息を立てている。

『でも澪はそのことに気付いていたようですよ』

『そうなんだ。わかっていて、黙って飲んでくれたのか……』


『セイジュウロウは、まだまだですね』

『そうだな。みんなに助けられてばかりだ』


 明日の出発の前に、偽村長にお礼状でも書いておこう。何かお礼に置いていけるものはないだろうか?

 俺が悩んでいると、ゴンが言う。


『ここへは改めてお礼に参りましょう。その時には地下の施設もきっと案内してくれるんじゃないでしょうか?』


『そうだな。今は雷獣を村から引き離して倒すことが、何より一番の贈り物になるだろう』

『その通りです』


『で、どうなんだ、美鈴さんの身体能力は?』


『はい。元々アンドロイドは身体性能をフルに利用可能ですので、大きな能力アップになるでしょう。金属製の骨格はそのままですが、身体組織は今のセイジュウロウの手足に似た組成になりました。重量と強度のバランスには不満が残りますが』


『贅沢を言っちゃいけない。だがこれからは心強いな』

『はい。明日はまだ無理をできませんが、それでも強力な援護を得られると思いますよ』


『美鈴さんに何かいい武器はないのか?』

『一つ見つけました。ちょっと取りに行きませんか?』


『それって、泥棒しに行くってことか?』

『いえ、廃棄物を再利用するだけですよ』


 俺がゴンと会話をしながら立ち上がると、片づけを終えた美鈴さんが戻って来た。

『ちょっと外へ用足しに行って来るので、美鈴さんは休んでいてください』

『はい。行ってらっしゃい』



 俺たちは深夜の村を歩いて、牛や鶏などの家畜が飼育されている小屋へやって来た。


 その入口近くに、家畜を繋いでいた古いロープや金具、鎖などが捨てられている木箱があった。


 目当てはボロボロになった、極細の金属製ワイヤーだった。


『これか?』

『はい、一見汚れて千切れた細いワイヤーですが、これの芯材は強靭な炭素繊維が使われています』


 大量に捨ててあるので、恐らく村の電気柵に使われていた古いワイヤーなのだろう。


『これを何本も織り合わせて美鈴の肉体を作った素材マテリアルで薄くコーティングすれば、強靭な鞭が作れます。これなら美鈴の武器として十分に役立つでしょう』


『美鈴さんの肉体を素材にして武器を作るとか、とんでもないことを言うな、おまえは。でも本当に可能ならばこのゴミを戴いて、美鈴さんに鞭を作ってもらおうか』

『はい、大丈夫ですよ』


 俺は半信半疑でゴミ箱からワイヤーを集めて持ち帰った。


 


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