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疑惑

 

 上野の地下都市へ大量の怪獣が侵入したあの日、俺は怪獣に食われた。


 バリケードを築いて抵抗する市民に襲い掛かる怪獣の群れに最後の戦いを挑み、小型の怪獣を何とか倒したものの、その後に登場した8本足の巨大ヤモリの大きな口に呑まれてしまった。


 既に肉体は限界に達し、抵抗することもできなかった。


 だが俺がヤモリに呑まれた場面を見ていたのは、バリケードの中にいた市民だけではなかった。


 丁度現場に到着した東東京の討伐隊が、ヤモリの後を追っていたのだ。


 俺と同じく地下深くへ侵入した怪獣を倒しながら上層へ向かった部隊と、外の大型怪獣を倒して別の入口から内部へ入った部隊が少し前に合流し、最後に残ったあの地区の討伐へやって来たのだ。


 そして、追い詰めた先に避難していた多くの市民と、その前に築かれたバリケードに寄りかかり意識を失っている俺を見つけた。


 次の瞬間にはヤモリが俺を飲み込み、居合わせた人々は異様な光景を見ることになった。



 俺を飲み込んだヤモリは突然壁から床に落ち、転げまわった。

 まるで毒薬を飲み苦しんでいるようなその姿をなす術なく見守る人々の前で、やがてヤモリの尻の穴から勢いよく俺が飛び出たらしい。


 討伐隊の集中攻撃により即座にヤモリは頭を潰され、俺は意識がないまま通路の床に寝転がっていた。


 俺が意識を取り戻したのは、その後澪さんの叫び声が聞こえてからだった。

 駆け付けた澪さんが俺の体に飛びついて、その衝撃で再び意識を失うまで、ほんの一瞬の間だったが。



 地下の安全が確保されてから、澪さんはエルザさんと共にシェルターを出て俺の後を追い上層へ来ていた。


 その時に、怪獣の心の声を最初に聞いたという。


 丁度、俺がヤモリに飲まれた時だった。まだ距離はあったが、苦しみ悶えるヤモリの放射する意識の乱れは余程強烈だったのだろう。

 一瞬でも早く俺という劇物を体外へ排出すべく全力を尽くしていたヤモリの強烈な意思の欠片が、離れていた澪さんにも届いたらしい。


 俺のことをビッグルーキーなどと呼んでいた東東京の連中が、密かに俺のことをヴェノムと呼び始めたのも、この事件がきっかけだった。


 毒を意味するvenomなのだが、その悪名が定着する前にはトミーに代わりゲーリーなどと言われた時期もあったらしいので、まだましと諦めるしかない。



『それが、最初に澪さんが感じた異常体験だったんでしょうか?』


 美鈴さんの処置が始まってから45時間が経過していた。


 俺たちは、雛祭りの夜の出来事を繰り返し思い出している。

『そうね。怪獣の心の声が聞こえたなんていう異常な感覚を持ったのは、きっとあの時が初めてだわ』


 澪さんの異常体験の最初が、あの場面だったとは。


『あの時、ヤモリのお腹の中では何が起きていたの?』

 俺はただ意識不明で、夢を見ていた。


『ワタシは失われたセイジュウロウのエネルギーとマテリアルを少しでも補充しようと、ヤモリの体内で組織を採集し、吸収しようと試みていました』


『ゴンちゃん、とんでもないことを考えるね』


『しかし、あの時はそれ以前に幾らでも倒した怪獣の肉体があり、そこから補給が可能だったのです。ワタシは不明にもそれに気付かず、危うくセイジュウロウを死なせるところでした』


『え、それってまさか、俺が怪獣の死体を食えばよかったってことか?』


『それが、一番簡単な方法でした』

『止めてくれ』


『そんなことしたから、清十郎を食べたヤモリが苦しんで、大慌てで体外へ異物を排出したということ?』


『少し違いますね』

『どうして?』


『ワタシより先に、あの怪物は反射的にセイジュウロウを吐き出そうとしました。ワタシは逆に、採取しやすい体内組織を求めて喉の奥へと無理に体を進めました。その後の反射作用は激烈で、瞬時に消化器系を素通りして、排出されてしまいました』


『つまり、清十郎はとても不味かったと……』


『それなのに、今ではあの雷獣が清十郎を飲み込もうと追っているのよね。変だわ』

『俺が追われる理由は何だろう。あの時と何が変わったのかな?』


『雷獣はそういう命令で動いているように感じたけど、ヤモリはただ慌てているだけだった。だとすると、あの時初めて清十郎の存在がグランロワに認識されて、興味を持たれたのかもしれない……』


『ワタシも同様に思いました』

『気味悪いことを言うなよ。何で俺が恐怖の大王様に指名手配されているんだ?』

『さあ、グランロワの考えなんて、誰にもわからないわよ』


『でも、澪が怪獣の心を読めるのなら、史上初めてグランロワの意思を確認した人間ということになりますね』


『それがバレたら、次は澪さんも賞金首になるかも……』


『やめてよ。もう私は二度と怪獣には近付きません!』

『そうはいきませんよ。三人で雷獣を倒して、早く東京へ帰らねばなりませんので』



『ところでゴン、美鈴さんの方はどうなんだ?』


『はい、今のところ順調です。山場は明日の晩。最終的なナノマシン群のコントロール権を美鈴自身が無事に引き継げるかどうかデス』


『それが無事に終われば、すぐに動けるのか?』

『はい。澪が用意してくれる食事をとり休んだら、夜が明ける前には怪獣退治に出発できます』

『わかった』


『でも雷獣は、清十郎を食べてどうするつもりなのかしら?』

『人類が自分で言っているではありませんか?』

『選別?』


『ゴンちゃんは、怪獣の第三胃から生還した人間は、他の人間と何が違うと思うの?』


『ワタシが最近思うのは、第三胃から生還した人間は元々何かが違うのではなく、何かを変えられているのではないでしょうか?』


『だから、清十郎の何かを変えようとしていると……』


『人類は、怪獣が呑み込んだ人間を分析して選別していると言いますが、二度目に飲まれても生還できない人間がいます。それは、第三胃で改変できなかった失敗作を回収した、ということではないでしょうか?』


『もしかして、俺は元の世界に戻れるのか?』


『セイジュウロウの記憶が確かなら、戻るべき肉体は失われているのでは?』

『そうだな』


『でも、ターゲットは清十郎じゃなくてゴンちゃんかもしれないし』

『ああ、それはあり得るな。だろ?』

『可能性はあるでしょう』


『でも、俺はもう二度とあんなのに食われるのは嫌だぞ』

『当然よね』

『はい、雷獣を倒して帰りましょう!』


 


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