大阪慕情
「うちの阿呆が色々とご迷惑をおかけしていますが、仕事だけはきっちりさせますので、どうか広い心で見守ってください」
騒々しい三つ子のお守りとして同行した大阪支部の隊員は物静かな女性で、きれいな標準語を話した。
「いえ、あの阿呆に対する責任の半分は私たちにありますので、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ないと、常々遺憾に思っています」
対する澪さんも、いつになく丁寧な言葉を返す。
ただ、互いに言っている内容は酷い。
「うーん、でもあの三人がいるおかげで、美玲さんがすごくまともで優秀に見えるのは結構重要なプラス面じゃないですか」
俺は三馬鹿トリオが持つ数少ない美点を挙げただけなのに、美玲さんに叩かれた。
バーチャル世界なのでダメージはないが、このアンドロイドは壊れている。
人間を平気で叩くアンドロイドなんて、世が世なら即刻廃棄処分だ。
でもこの世界でうっかりそんなことを言うと、逆に俺の方が放り出されそうなので黙って我慢する。
三つ子のお守りこと藤村理恵さんの本体は、三馬鹿アンドロイドを監視するため常時現場仮設テント内の事務所に張り付いている。
毎日の定期会議に出る専門家と違い、俺たちの会談の目的はドクターによる三馬鹿の検査日程の調整にある。
一人ずつ別個にやるよりも、三人まとめて行う方が効率はいい。しかも昼間は現場の仕事が多忙なので、夜間作業となる。助手の美鈴さんはいいが、ドクターには体力的にきつい。
そのドクターは俺の体の修復が大詰めで、当初は到着から2週間後という予定だったのだが、思ったよりも早く俺の体が仕上がりそうで、もうすぐ手が空くと連絡があったのだ。
一週間経過して折り返し点と言われていたが、それから三日でもう作業が終わるらしい。
思いがけずに生まれた4日間のスケジュールの空白のうち何日かを、ご褒美として俺は貰えることになっている。
三馬鹿の住む大阪へ行ってみたかったが、さすがにそれは許可が得られなかった。代わりに、俺は群馬県の浅間高原への日帰り旅行を提案した。
俺の生まれ育った場所であると公言できない立場だが、内情を知る日奈さんが上層部に掛け合ってくれた。
まあ、ささやかなご褒美といったところだろう。
ただ、三馬鹿にお目付け役が付いてきたように、俺も一人というわけではない。ご存知のとおり両手に花状態で、美女二人とのお出かけに不満がある筈が無い。
三馬鹿が乗って来た大阪定期便に朝一で乗船し、軽井沢で途中下車して小型のフライングカーで遊覧飛行をする。
安全が確認できれば着陸してピクニック気分でお昼ご飯を食べて、午後の便に拾ってもらい東京へ帰るという計画だった。
現在の浅間高原には広大な農地も温泉宿などの観光地もなく、鬱蒼とした森林が広がるだけの自然の楽園だった。
だから出発前には、あんな物騒な怪獣が待っているとは思いもしなかった。
ドクターのおかげで予想外の旅に出られたし、その前にはネットで関西の状況も多少は知ることができた。
それは、なかなか過酷な運命だった。
1999年、最初に落下した隕石のうち幾つかが大津と山科周辺に巨大なクレーターを作り、山が崩れて琵琶湖の水が決壊した。
京都盆地は水没して琵琶湖の一部となり、更に増水した淀川の堤防が決壊して大阪市内へと大量の水が流れ込んだ。同時に大型小型の怪獣が街を蹂躙し始めた。
その後怪獣の執拗な襲撃と温暖化による気候変動で、関西圏は大きなダメージを負う。
大型化した台風により決壊した堤防と上昇した海面が大阪の街を覆い、市街の主要部は大阪城を北端とする上町台地を残して水没した。
京都大阪と共に海沿いの平地に広がる神戸の街も多くの部分が波に洗われ、関西の主要都市は壊滅状態になった。
その後怪獣の度重なる襲撃により京都盆地周辺の山間部へ逃げ込んだ人々も次々に狩られ、大阪城を中心に抵抗した大阪市民も多くが怪獣の腹の中へ消えた。
しかし大阪市民は大阪城を死守し、ここを拠点として新大阪シティは誕生する。
度重なる襲撃に抗い破壊された建物を再建し続けることで、大阪城公園は守られた。これがEAST東京に並ぶ新大阪シティの誇る浪速のど根性という奴である。
道頓堀界隈は辛うじて町が残ったが、通天閣や大阪城のような大きな建築物は早期に破壊されている。特に通天閣は上町台地から西側へ下がった海側の低地に当たるので、再建の目途は立たない。
東京では忘れられようとしている通天閣だが、大阪ではいまだに再建を望む声が後を絶たない。
通天閣のあった場所へ強固な土台を築いて新しいタワーを建てて、大阪湾方面から来る怪獣を誘導しようという計画もまことしやかに語られている。
「ちゅうわけでぇ、ちゃっちゃとここを直して新しい通天閣を造りに帰るんや」
「せやで、ワシらは忙しいさかいな」
「そんなもの造ってもどうせすぐに怪獣に倒されるだけだろ」
「かまわへん。壊れたら何遍でも直したる。それがワイらの仕事や」
「じゃあまたこっちがやられたときも頼むな」
「ああ、任せてや」
「ああ、早よう大阪へ帰りたいな、兄ちゃん」
「せやな、今夜はたこ焼きでもするか」
「うん、理恵ちゃんも喜ぶやろ」
「清十郎も体が良うなったら腹いっぱい食わしたるさかいな」
「おお、そいつは楽しみだ。タコパって奴だな」
「なんやそれは?」
「えっ、そう言うんじゃないの? タコ焼きパーティのこと」
「知らん」
「聞かんな」
「じゃあなんて呼ぶんだ?」
「特にないな。タコ焼きでパーティとか、頭沸いてるんとちゃうか?」
「特別なもんでないしな」
「ああ、普段と一緒や」
「そんなら、あんたらデンパとかするの?」
「なんだよ、そのデンパってのは?」
「そりゃ、おでんパーティに決まっとるやろ」
「知らん。聞かんな」
「せやろ」
「同じや」
「ほな、清十郎が治ったらオコパでもしよか」
「わかった。お好み焼きパーティだな」
「せや」
「言わんけどな」
「うん、よう言わんわ」
疲れる。俺も早くおうちに帰りたくなった。




