離島の生活
食事会に参加しなかったドクターと美鈴さん、澪さんだが、今回の襲撃では怪獣に食われた人数も多く、大忙しだった。
合わせて技術部門の人たちはECM怪獣に対抗するECCM技術の研究開発に忙しい。
既にゴンによる指示で具体的な対策が幾つか動いているが、世界中のUSMとの共同研究が始まりあらゆる分野での対策が練られている。
ところが実は、会食も終わるころにドクターが一人でこっそり来ていたのだ。
いつもの白いDNスーツと白衣を着ていないので、本人は変装しているつもりだったのかもしれない。だが強化されたタロスの視力を欺くことは不可能だ。
というより、会場には俺の知らない人が多いので、ゴンに頼んでゲームのように出席者の上に名前が表示されるようにして貰っていた。
やつれた顔のドクターは頭の上に永益康郎のネームプレートを浮かべて、会場の隅でビールを煽り、残った料理を貪り食っていた。まさに飢えた野良犬状態だ。
背後からタロスの俺が声をかけると、跳び上がって驚いていた。
「オキャクサマ、オスキナモノヲ、オトリワケイタシマショウカ?」
「あ、ああ。じゃあ頼む。ローストビーフと鴨のロースト、あと、あそこのソーセージの盛り合わせとヒレカツサンドも」
肉ばかりじゃないか。
「ケンコウノタメ、ヤサイモイカガデスカ?」
「ああ、じゃあサラダも適当に」
「ショウチイタシマシタ」
ドクターに言われたとおりに俺は皿に山盛りの料理を取り分け、運んだ。
「オカイケイハ、3,580エンニナリマス」
再びドクターが跳び上がった。
「いや、先に会費を払っているのだが……」
なるほど。払った会費分を慌てて回収に来たな。俺は手にした皿を引っ込める。
「ソレハ、コチラノキロクニアリマセン。オテモトノビールトステーキノリョウキンハ、オシハライズミデスカ?」
「いや、払っていないが、皿ごとに精算するシステムなのか?」
「アナタハ、ムセンインショクデスネ。ミガラヲコウソクシ、シュビタイヘヒキワタシマス」
そこでやっと、俺の体に富岡清十郎のネームプレートがあるのに気付いたようだ。
「なんだ。頭のおかしいタロスだと思ったら、おまえトミーか。ふざけるな。私は忙しいんだ」
料理の食えない俺にとっては、ほんのささやかな嫌がらせである。
それから久しぶりに、ドクターと雑談をした。
「そういえば昔USMを離れた後、ドクターはどこで何をしていたのですか?」
俺は暇だったので、たまにはドクターの話も聞いてやろうという優しい気持ちになっている。
俺もこの世界へ来て苦労を重ねているので、だいぶ人間的に成長した。
本来ならこの変人ドクターの相手をするような人間は、余程の似たような変人か、タロスやアンドロイドしかいない。まあ、今の俺の外見はタロスだから丁度いいだろう。
「ああ、私は医師のいなくなった離島へ渡り、そこで働いていたんだ」
あまりに意外な答えに俺は固まった。
「なんだ、感動のあまり声も出ないか? いいんだぞ、賞賛の声を上げても」
「くっ、どうせ話し相手もいない孤島で一人暮らしをしていたんだろ」
「だから、島では二度結婚をしたと話したろうが。ちゃんと人並の暮らしをしていたんだ」
その後のドクターの自慢話は全てが真実とは思えず、見栄と虚飾に満ちているとは思うが、まるっきりホラ話ということもないだろう。
離島と言っても本土からそう遠くない意外と大きな島であったらしいが、丁度医師が不在となり後任が決まらずに困っていた。
そこへ世界的に高名なドクターが赴任してくれることになったので、島はお祭り騒ぎとなった。
住民には感謝されて楽しく暮らしたが、病人も怪我人も少なく暇を持て余したため徐々に病院や研究室の機器を最新機種へ入れ替え、自身の研究に没頭した。
助手のタロスをほぼアンドロイド相当の高機能型に改造したおかげで、ドクターの作業ははかどった。
ドクターの、というより人類の最新研究は、怪獣由来の素材や技術の解析から始まっていて、ドクターの発明品も全てそういうものだった。
それでは面白くないので、怪獣由来でない独自技術の研究を8年間続けた。
それはUSMへ戻った今も継続している。
とはいえその元を辿れば、50年の間に人類独自の技術などほぼ無いくらいに怪獣由来の素材や技術に溢れている。
結果的には古い怪獣技術の発展形のようなものになってしまうのだが、そういった捨てられた技術を広く発展させる手法を、USMから追われたドクターは好んで用いた。
スレート型端末の機能アップやゴーグル型のVR機器などは、必要に迫られてドクターが自分のために造っていたものである。
二度の結婚もその頃の話だ。
聞くところによるとUSMへ舞い戻る前の一年ほどは以前のように研究に没頭するあまり二人目の妻にも愛想をつかされたらしい。だから円満に島を出て東京へ戻って来たのはほぼ間違いない。
島の住民も火薬庫のようなマッドサイエンティストがいなくなり、ほっとしただろう。
「それにしても、ドクターは何故この便利なインプラントを埋め込むことを、拒否しているんですか?」
「いや、別に拒否しているわけじゃない」
「じゃあなぜ?」
「あのな、このインプラント手術を世界で最初に施術したのは私だぞ」
「まさか」
「これは、おまえの肉体に埋め込んだ体内回路の技術を発展させて、USMを辞めてから私が開発した装置だ」
それがこの数年間であっという間に世界中へ広まったということらしい。
「で、ドクターがその手術を受けていないということは、人には言えない欠陥があると……」
「違う、違う。人聞きの悪いことを言うな。当時私のいた離島には、私以上に腕のいい外科医はいなかったんだ。だから怖くて、私自身への施術は後回しになっていた」
さすがのドクターも、助手のタロスに自分の体をいじらせるのは怖かったようだ。
「じゃあ、今すぐにでも手術を受けたいと?」
「当たり前だ!」
「早く言ってくださいよ」
「そんなこと、澪や美玲、もちろん美鈴も含めた医療スタッフはとっくに気付いているに決まっているだろ」
「じゃあなぜ今まで何か月も放っておいたんです?」
そこでドクターはしおらしく下を向き、小声で答えた。
「なかなか自分から言い出せなかった……」
「どうしてそんなことに?」
そこでドクターは顔を上げ、やや声を荒らげた。
「エルザも含めた周囲の人間が、その方が面白いと思っているんだよ!」
ちょっと頭を下げれば済むことを、ドクターも難儀な性格をしている。ご愁傷様……
そんなつまらない理由で、ドクターはUSMへ復帰してからも自分から手術してほしいと言い出せず、変人のふりをしてスマホ型や眼鏡型の端末を使い続けていた。
そうして一週間が過ぎた。
俺の肉体修復は折り返し地点で、あと一週間はこの状況が続くと聞いた。
ドクターも多忙ながらやっと一息つける状態になり、珍しくバーチャル世界で再び俺と話をしている。
「でも待てよ、今こうしてバーチャル世界でドクターのアバターと話しているということは?」
「そうだ。つい先日やっと美鈴に施術してもらった……」
「なんだ、今頃デビューですか、遅れてるな。でも、なかなか便利でしょ、これ」
「だ・か・ら、これは私が開発したんだ!」




