通天閣
大阪から来たアンドロイドは、通、天、閣という、わかりやすすぎる名前だった。姓は美鈴さんたちと同じ、岩見である。
だが50年前に失われて久しい通天閣なので地元大阪ならともかく、東京では知る人も減っているようで、「イマイチ受けが悪いねん」ということである。
「やっぱりドクターのネーミングセンスはあかんで」
「この際やから改名や改名!」
「ほな上から、白・発・中、でどないや?」
「あほか、それじゃ一番下のワイが中になってまうがな」
「そらややこしくてあかんな」
「うん、兄ちゃんのセンスもドクター並みやわぁ」
こんな調子で一日中漫才をしている。
美玲さんが、うるさいからもう来るな、と言った気持ちがよくわかった。
フライングトレインが降りているのは怪獣が地下都市へ侵入した鶯谷の西側で、比較的被害の少なかった緑地の上だった。
トレインのキャリアから幾つかのパーツに分解された重機を降ろして、タロスやパワードスーツを着用した作業員と共に、通天閣が指示を出しながら組み立て作業が始まっていた。
巨大な簡易テントを設営し、そこへ資材を集めて復興作業の拠点にするようだった。
ひときわ大きなテントは、持ち込んだ巨大重機の本拠地になるのだろう。
遠方からの映像で作業を見ていた俺だが、すぐに退屈して、一人でゲーム世界へ逃げ込んでしまった。
夜には通天閣と、お目付け役四人の歓迎会を兼ねた、ささやかな食事会が催された。
こういう時期なので派手な飲み会ではなく、立食だが食事が中心の穏やかな会食になる筈だった。
暇な俺は、タロスの体を借りてリアル世界で参加してみたが、せっかく揃っている美味そうな料理を味わえず見ているだけなのは辛かった。
こんなことなら、バーチャル世界でゲームをしていた方が遥かにましだったと後悔した。
俺は思ったように動かないタロスの体に手を焼きながらも会場をぶらぶら歩き回り、久しぶりにUSMの隊員たちと話をした。
何人か失った仲間もいてしんみりとした雰囲気にもなりかけたが、関西から来たお笑い三人組が独特の話芸で明るくしてくれるので、助かった部分もある。
「おい、ビッグルーキー。ほんまは何体の化け物を倒したんや?」
「せや、正直に言うてみ」
「噂は聞いたで。天井まで跳んで、怪獣を端から順番に地上へ槍で串刺しにして並べよったんやてな」
「それワイも聞いたわ。串刺しにした怪獣を並べて、ソースは二度づけ禁止って叫んだちゅうやつやろ」
「あほ、串カツとちゃうねん」
やはり、聞いていて頭が痛くなる。
「美玲さん、この通天閣に早く帰るよう言ってくださいよ」
「いや、仕事は結構時間がかかるらしくて、暫くはこっちにいるみたいよ」
「参ったな……」
「なあ、美玲姉ちゃん、早う東京の女の子を紹介してくれや」
せっかく離れたのに、閣が寄ってきた。
「しょーがないわね。日奈さん、ちょっと来て!」
身長2メートル、褐色のセクシーボディを誇る日奈さんがやや顔を赤くしてやって来る。
「なぁに、玲ちゃん」
「うちの弟たちが挨拶したいって言うから……」
「あ、あなた様はEAST東京の女神様……」
「お、お会いできて光栄です!」
「は、初めまして。試作№003号、岩見通と申します」
日奈さんを前に三人は緊張して、なぜか標準語になっていた。
「ああ、あなた方が大阪からお手伝いに来てくれた玲ちゃんの弟さんね」
「はい、いつもうちのアホな姉がご迷惑をおかけしております」
「こら、天。覚えてろよ」
「この三人の馬鹿は上から順に通・天・閣と言いますが、見た目通りに左から青・黄・赤の信号トリオ、と覚えてくれれば十分ですから」
確かに、三人はくすんだ髪の色や着ている服のワンポイントなどで互いに三色を使い分け、微妙に個性を主張している。
「はい、試作№004、黄色こと天と申します」
それを聞いた美玲さんは、三人に言い渡す。
「じゃあんたたち、東京では通天閣じゃなくて、信号機トリオと名乗りなさい」
「あかん。姉さんもセンスないわぁ」
「だけどその色分けは狙ってやってるんでしょ」
「そらまあ……」
「しかもあんたたち、日奈ちゃんと話すときは何で東京弁になってたのよ」
「そら、わてらはEAST東京の生まれやさかいな」
「せやで。うちら江戸っ子やねん」
「当たり前や。ワシらゼロゼロナンバーアンドロイド9体は、みんなここEAST東京の生まれやさかいな」
翌日から、重機を使った本格的な解体作業が始まった。
一緒に作業を行う者や作業を見守る監督員たちは、漏れなく漫才トリオの会話に一日中付き合う羽目になる。実に気の毒だった。
俺は極力関わり合いになりたくないのでバーチャル世界から離れずにいたが、今回の上京は三人の定期検査も含んでいるので、嫌でもドクターと澪さんはいずれ相手にしなければならない。
だから昨日の食事会には二人の姿が見えなかったのだろう。
ドクターはともかく澪さんのことは三馬鹿が「おかん」と呼んで探していたので、慕われているようだ。(だから余計に面倒なので会いたくないという気持ちも、今ならわかる)
よく考えたら俺たち討伐隊のメンバーは日奈さん以外ほとんど見かけなかった。
まあ、実際にあの襲撃の直後なのでそんな余裕がないとも言えるし、怪獣の腹の中から救出されたばかりで、寝込んでいる者も多い。
だが、八雲隊長すらいないのはちょっとどうかと思う。その分を全部、副隊長の日奈さんが背負っていた。
2040年、ドクターの手により美鈴さんを筆頭に9体の試作型アンドロイドが誕生して、それは全て日本国内に配備されている。
大阪の三バカが言うには、試作型ゼロゼロナンバーアンドロイド9体には製造ナンバーが付与されていて、自分たちは№003から005までの3体であると。
残る4体のうち最後の008と009は皇居の日本本部にいて、№006と007は仙台にいる。
その後の二年間に正式型アンドロイドが120体生まれて、世界中へ散っている。
ただ相互バックアップの必要性とメンテナンス技術の難易度から、1か所で2体以上の運用が必須とされている。
ちなみに、三バカが言うには俺こそが、「おとん」であり、№000なのだそうだ。それは俺じゃなくて俺の中にいるゴンのことだろうが、面倒なので聞き流しておいた。
あんたらが「おとん」と呼ぶのはドクターやろが! と突っ込みたい気持ちもあった。だがそれも面倒なので、俺は黙っておいた。




