復興作業
話は10日ほど遡る。
多数の怪獣が地下都市へ侵入した襲撃から一夜明けた3月4日、今回の侵攻の全貌が明らかになるにつれ、世界は騒然となった。
結果的には、この一日で十分に東京への第四次侵攻と呼べるほどの数の怪獣が襲来していた。
巨大怪獣は先の2体だけだったが、地下へ侵攻したM級以下の小型獣は一波で100体以上、二波が約70体、三波でも約60体、合計250体前後と推測されている。
小型獣の数では1999年の第一次侵攻を除けば、東京では過去最大の規模と言える。
当日活動可能だった東東京の討伐隊約40名と周辺地区からの応援が約150名、それに予備役や民間人が組織する守備隊がおよそ100名。
それに加えて、臨時で組織された10を超える義勇軍の活躍により、どうにか全ての怪獣を倒したのは3月4日の朝になってからだった。
総勢100名近い義勇軍の存在は全体の4分の1に当たる60体以上の怪獣を倒し、今後の都市防衛の重要な一角を担う戦力として注目を浴びたが、事件の全貌が明らかになるにつれて話題から消えていった。
その複数の義勇軍の存在自体がゴンの行った欺瞞工作で、実はほとんどが俺単独の戦果であったことが、世界中のUSM上層部へ密かに知らされたからだ。
その情報が上層部に留まったのは主に澪さんと美玲さんの暗躍によるところが大きいようで、おかげでUSM内部でも俺の活躍を詳細まで知らぬ者は多かった。
だが、直接俺の闘いを見ていた市民の口は、簡単に塞げない。
出来る限り、途中で出会った市民の皆様には俺が連絡をして、目撃情報を口外しないようにとお願いしてはいる。
当たり前だが、それにも限界はある。
都市伝説のごとき奇抜な噂が、上野に広まり始めていた。
今回の上野への侵攻は、過去にない大規模かつ計画的なもので、同様の襲撃を受けて耐えきれる自信のある都市は少ない。
今回の事件を例外的なものと片付ける根拠はなく、細部までの全容調査とそれに基づく対策が急がれている。
東東京では同時に都市の復旧を急がねばならぬが、更に大切なのは今日にもあるかもしれない次の侵攻に備えることだ。
特に今回初めて登場したECM怪獣への対策は、喫緊の課題だった。
既に西東京方面へ向けて、市民の一時避難が始まっている。
ただ、この世界の住民は頭のおかしい人間が多いので、逃げようとする市民は少なく逆に復興支援の名目で野次馬が大勢現場に駆けつけて、収拾がつかなくなりつつあった。
その最たるものが、朝一番に大阪から到着した臨時便のフライングトレインだ。
高速道路も鉄道網も破壊され、港湾や飛行場も維持困難なこの世界で、物流を担う主役はフライングカーを連結したフライングトレインと呼ばれる空飛ぶ列車だ。
浮遊能力を持つコンテナシップを多数連結して機関船が牽引する形で、高度千メートル以下の低空を飛行する。
定期船のルートは幾つかあるが、一番利用されているのは昔から変わらぬ東京と大阪を結ぶルートだ。だがその経路は以前とは大きく違う。
東海道方面は海面上昇と海からの怪獣出現により経由地が不安定で通行が難しい。名古屋・大阪は東京以上に水没が激しく、太平洋側の平地は波に呑まれている。
そこで、都市間の移動には、距離は長くなるが比較的安全な山岳ルートが用いられている。
関東平野の西沿い、武蔵野台地の東端を北上し、上信越自動車道の通っていた上空を藤岡から富岡と通り、高崎の南側を抜け妙義山の北側から軽井沢へ至る。
そこから更に西へ向かい、上田から北上。長野を通り上越へと抜けるルートが最も多く利用されている。
上越からは日本海に面した山側を南西へ下り、敦賀から琵琶湖の東を通って奈良県に入り、生駒山の西沿いに南下して大和川北岸を西へ行くと大阪の住吉へ至る。
住吉大社から北へ伸びる台地の先端、水没した大阪市街につき出た突端に大阪城公園があり、そこは大阪市民が50年間死守した、大阪復興の砦だった。
ちなみに初期に大津と山科へ落下した隕石のせいで琵琶湖の水は京都盆地へ広がり、それが淀川沿いに流れ込んで大阪市街を水没させた。
京の都は今では琵琶湖の一部だ。
大阪市街の多くは大阪湾に飲み込まれ、東京東部や名古屋市街のような湿地帯となっている。
逃げ延びた京都市民は周辺の山へ移り住み、大阪の中心、USM大阪支部は半島のように突き出た大阪城公園に今もある。
これが一番怪獣と遭遇率の低い安全なルートと言われ、大阪―東京の定期航路は毎日二便が往復している。
本来東海道(東名・名神高速道)が使えなければ中央道を利用すべきなのだが、甲州街道は山が深く、相模川の流域には怪獣が多い。
甲府盆地や諏訪湖の周辺は怪獣の巣となっていて航路としては使いにくく、逆に氷雪に弱い怪獣は日本海側の豪雪地帯を苦手として、上越から富山・金沢・福井は交通の要衝となっているのだ。
現在の地球温暖化も、寒冷地を嫌う怪獣のためにグランロワが気候を改変しているのではないかとも言われている。
大阪城公園は南以外の三方を怪獣の巣である湿地に囲まれ、過去何度も激しい戦闘を潜り抜けてきた。
最近は落ち着いているものの、こと戦闘と都市の復興にかけては日本一の技術と経験を誇る。
そこで、多くの援助物資を積んだ臨時便の列車が襲撃の翌朝にはもう東京へ到着した。乗っていたのは都市の建設現場で働く3台の大型重機と、その専門オペレーターたちだ。
その三人が、美鈴さんと美玲さんの弟分にあたる、試作型アンドロイドだった。
「おう、美鈴姉さん、美玲姉さん、助けに来たったぜ」
「あんたたちうるさいから、もう来るなって言ったでしょ!」
美玲さんは手厳しい。
「はるばるやって来よったのに、そらあらへんやろ」
「そもそも、何しに来たのよ」
「何言うてんの、姉さん。急いで崩れた瓦礫を撤去せえへんと、えらいことになるんよ」
「せや。特に中途半端に古い自己修復コンクリートは、ヤバいねん」
「何がヤバいねん?」
早くも美玲さんは大阪弁に感染し始めている。
「最新の自己修復コンクリートはマイクロマシンで制御してるさかい好きなように操れるし、古いのは修復に時間がかかるからいいねん。一番手に負えへんのは無駄に新しい奴や。放っとくと崩れたままの形で、1週間で勝手に固まってまうねん」
「なにそれ、欠陥商品じゃないの!」
「せやで」
「で、調べてみたら、この街はその欠陥商品だらけやった。んで、しょーがないさかい、わてらが慌てて飛んで来てん」
「俺たちも向こうじゃごっつ苦労させられたさかいな」
「そうそう、流氷に覆われたオホーツク海みたいに、瓦礫が見渡す限りガチガチに固まってるのを見た時の絶望感ときたら……」
「でもそれなら必要なのは重機だけで、あんたたちはいらないでしょ」
「何言うてんねん姉さん。リモート操作であんなデリケートな作業ができるか?」
「せや。通信のほんのちょびっとのタイムラグが命取りになりよって、まともに動かせへんのやで、この機械は」
「せやけどこの危険な機械に人間を乗せるわけにもいかんし、タロスじゃ役に立たへん」
「ほんで俺たちの出番や。華麗なテクニックを見したるでぇ」
「おーかた、東京の若い娘たちの人気者になるやろな」
「はいはい、バカ言ってないで早く荷下ろしを始めなさい」
「ほんまに美玲姉さん容赦あらへんわ」
「ほな美鈴姉さん、また後で」
そうして、上野の街の復興作業が始まった。




